天国が怖い

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「今日あたり、出るな。」 賢司は、そう呟きながら、小雨の降る京都の嵯峨野のトンネルの細道に、車を走らせていた。 賢司は、神戸の寺に生まれたが、家業ともいえる寺の仕事が嫌で、今は大阪の商社のサラリーマンをしている。 そんな賢司は、生まれ持った才能なのか、寺の家に生まれた因縁なのか、子供のころから、いわゆる幽霊を見ることが出来た。 しかも、昨年からは、その幽霊を、天国に送ることも出来るようになっていた。 根っからのお人好しの賢司は、これも縁だと、ボランティア精神で、街に彷徨っている幽霊を、あの世へ送るお手伝いをしているのである。 もう、30人ぐらいは、この世界への呪縛を解いて、光に満ちた天国へ送り出しただろうか。 トンネルを出て、ゆるやかなカーブに差し掛かったところで、ゆっくり車を止める。 そして、外に出てドアを開けると、雨にもかかわらず傘もささずに立っていた女を、車の後部座席に招き入れた。 ぐっしょりと濡れた女は、白いワンピースに、白いピンヒールで、ロングヘア―の、かなりの美人さんである。 濡れたワンピースが、身体にピッタリと貼りついて、どうにも艶めかしい色気を発している。 それを、賢司は目を細めて、バックミラーで見ている。 しばらく時間があって、女が言った。 「どうして、車を出さないの。」 賢司は、落ち着いた声で返した。 「僕は、今、この世で彷徨っている魂を、天国に送るボランティアをしているんだ。良かったら、君も、天国に送ってあげるよ。もう、こっちの世界で悩んだり、苦しんだりする必要なんて無いんだよ。」 すると、女が、びっくりしたような顔になって言った。 「あたしの事、幽霊って知ってるの。」 「ああ、知ってるよ。まあ、君は、ある種の有名人だからね。」 「あたしが、有名人なの。知らなかったわ。いやん、ちょっと嬉しい。」 「いや、嬉しいんかいな。」とツッコミを入れてしまう。 「うん、ちょっとね、誰も相手にしてくれてないと思ってたから、嬉しい気もするんよ。でも、さっき言った、天国って、それ何やの。」 「だからさ、こんな暗い夜道で、いつまでもこの世に未練を残してさ、苦しまなくても良いんだよということだよ。僕が、天国に行く手伝いをしてあげるよ。」 「でも、そんな事言うけど、あたし、そんなに苦しんでないし。勿論、交通事故に遭った時は、痛かったし、苦しかったよ。でも、もう30年経ってるもんね。もう忘れかけてるわ。それに、あたしは、まだこの世にいたいねん。たまにイケメンも、この道通るものね。あはは。」 「いや、そう言うけど、この世にいつまでも、未練を残してるのは、良くないよ。天国へ行きなよ。」 「嫌やん。天国行くの怖いし。このままで良いわ。それより、早く車を出してよ。あたし、ずっと、あの道で立ってるでしょ。たまには、どっかに気晴らしに行きたいわ。」 「気晴らしか。まあ付き合ってもいいけどさ、このままじゃ行けないよ。君は、あの場所で、交通事故で死んだだろ。だから、あの場所の地縛霊になっているんだ。だから、あの場所から離れられないんだよ。」 「ええっ。そうやったんや。だからかな、いつも車に乗せて貰うんだけれど、100メーターぐらい走ったかなと思ったら、急に記憶が無くなって、気が付いたら、またあの場所に立ってるねん。」 「だろうな。」賢司は、納得するように低い声で答える。 すると、女は急に可愛い声になって、「嫌やん。そんなん嫌やん。うち、ドライブしたいー。」と、すねるような仕草をした。 そして、続ける。 「ねえ、どうにかならへんの、うち、一生この場所から動かれへんの。」 「一生って。もう君の一生は、とっくの昔に終わってるんだよ。」 「もう、そんなん知ってるわ。でも、ドライブ行きたいなー。」とエクボを見せて、運転席の後ろに抱き着いて、女はねだる。 幽霊であることは解っているけれど、甘い香水の匂いがした。 生きていたら、振り回されて、ヘトヘトになりそうな女だな。 でも、おねだり上手は、嫌いじゃない。 「仕方がないなあ。それじゃ、一旦、君の魂を何かに憑依させよう。それなら、移動することも出来るだろう。」 賢司は、助手席にある雨傘を手に取った。 「ちょ、ちょ、ちょっと待って。まさか、その傘に憑依させるんちゃうやろね。」と慌てて傘を持った賢司の手を身を乗り出して止めた。 「そうや。他に憑依させるもの無いし。」 「そんなん嫌や。傘なんて嫌やん。誰が考えたって、傘は嫌やろ。何かないの。ぬいぐるみとかさ。そうだ、リカちゃん人形がええわ。リカちゃんやったら可愛いし。」 「リカちゃん人形なんて、ある訳ないだろ。他に何も無いし、とりあえず、これで我慢してよ。」 「もう、あなた、何も持ってへんね。」 イライラしながら、車のシートの端を、つねりまわす。 女の諦めた表情を見た賢司は、傘を手に取って、呪文を唱える。 「オン、ハラリハラハラ、ハラハラリー、バザラサトバ、ジャク、ウン、バン、コク、ハッパフミフミ。」 そして、傘に向かって、「エーイ。」と気合を込めて、掌で、何かを傘に封じ込める仕草をした。 瞬間、女が消える。 「あれ、もう、あたし傘に乗り移ってるの。」 「そうや。どんな感じや。」 「やっぱり、身体硬い気がするわ。でも、ええ感じやわ。。久しぶりに、何か身体の感触が蘇ったみたい。やっぱり、幽霊はアカンな。スカスカやもん。ほな、早く車を出してよ。」 「ホント、君は注文が多いね。というか、何やろ、ちょっと我儘やなあ。」 「はは、よく言われたよ。でも、そんな女やねん。」と傘が笑った。 車は、京都を出て、神戸方面に向かう。 以前、雨は止む様子もない。 「笑わせるじゃないか、あたしときたらー、あの人が、それとなく、ふふふーふふふふーん。」 傘が上機嫌で歌いだした。 中島みゆきさんの「笑わせるじゃないか」という曲だ。 余程のファンじゃないと歌わない曲である。 「みゆきさんだね。」 「知ってるの。」 「ああ、僕も、みゆきさんは、好きなんだ。あの、みゆきさんの白目のところが好きなんだなあ。」 「好きって、歌とちゃうんかい。見た目かい。それに白目が好きって、お兄さん、変わってるね。そうだ、お兄さんの名前何て言うの。」 「僕か、僕は、賢司だ。君の名前を聞いてなかったね。」 「あたしは、怜子。みゆきさんの曲の『怜子』と同じ漢字やねん。」 「そうか。れーいーこー、いいおんなに、なあったねー。」と賢司は、中島みゆきさんの「怜子」を歌いだしてしまった。 しかも、結構大きな声でだ。 賢司は、すぐに恥ずかしいことをしてしまったと思ったが、傘が、一緒に歌いだしたので、最後まで、歌ってしまう。 車の中で、大合唱。 そして、歌い終わったら、傘と見合わせて、大笑いした。 何をやっているのだろうか。 でも、普段はしない、そんなことも、相手が幽霊なら、出来てしまうのかと自問しながら運転していると、そんな状況もまた、楽しんでいる賢司がいることを自分自身感じていた。 車は、渋滞もなく、神戸に向かっている。 「あー、楽しい。やっぱり車は、助手席に座るのが1番楽しいわ。」 「そうなの。それじゃ良かった。」 賢司と、傘は、そんな話をしながら、走る。 「なあ、やっぱり、君は天国へ行った方が、いいんじゃないか。」と、賢司は傘の将来が心配なようで、時間をおいて、また切り出した。 「天国って、そんなん考えたら怖いやん。どんなところやの、天国って。日本人やから、極楽ちゃうの。いや、うち、生きてた時、そんな善い行いとかしてないし、きっと極楽じゃなくて、地獄に行くんやわ。怖いわ。っていうか、地獄へ行くとこまで、悪いことしてないか。そしたら、どこなん。極楽と地獄の中間かな。でも、そんなとこあるのかなあ。」 「あの世へ行ったら、六道輪廻っていって、修羅とか畜生とか、そんな6つの段階の世界があるそうや。そこへ行って、その6つの世界をグルグル回って苦労するらしいな。それとか、修行のために、また人間になって生まれてくるって言ってる人もいるな。」 「えーっ、あの世に行って、また苦労しなきゃいけないの。それじゃ行きたい人いないじゃん。それに、また戻ってくるんやったら、別に、あの世へ行かんでも良い気がするんやけどなあ。そんでもって、その六道とかいう6つの世界の中に、極楽はあるねんね。」 「いや、その中には、無い。そうやな、そう言われれば、そうやな。六道の中に天国はないな。極楽もない。じゃ、僕が今まで送り出してきたあの世には、天国は無かったのかな。天国に天国が無かったら、僕のしてきた事はなんだったんだ。大体、あの世へ行って良いことあるんかな。あの世って、本当は、どんなところやろう。」 賢司は、ふと傘の言う事に、妙に納得するのを覚えた。 「そんな、ええかげんな。さっきから、天国送ったげるとか、極楽とか言ってたやん。もう、しっかりしてよ、賢ちゃん。賢ちゃん、そんな事言ってるけど、実際は、あの世へ行ったこと無いんやろ。」 もう、呼び名が賢ちゃんになっている。 会ってすぐに、こんな呼び方ができる女、いや傘は気を付けなきゃいけない。 ほぼ、男はみんな、それで好かれていると勘違いしてしまうものだ。 「うん。無い。そう言われれば、行ったことないな。行ったことない世界に無理やり他の人の魂を送り出して、それで満足してたのは、僕の今までやってきたことは、やっぱり自己満足でしかなかったんやな。今までの、僕は、最低やったかもしれないな。天国に送ったるって言いながら、あの世へ送って、ハイ、サヨウナラって、無責任だったな。最低やな。あの世の事も、行ったことも、勉強したことも無かったのにさ。」 賢司は、素直に、今までの事を、後悔していた。 今までは、自分のしていることを、他人に自慢まではしないけれども、誇りに思っていた。 良いことをしているのだということを疑いもしなかったのである。 しかし、それは、ただの自己満足であったかもしれないと、傘との会話で気が付いた。 「そんな、自分の事を、最低って、言わんでもいいじゃない。実際、あたしには、優しくしてくれてるし、こうやって、傘にも憑依させてくれて、ドライブしてくれてるもん。あたしは、感謝してるよ。」と傘は説得するように賢司に言う。 「そうか。そう言ってくれれば、ちょっとは、気が楽になるけどさ。でも、僕が送ったあの世は、きっと天国やと思うんだけれどなあ。だって、光がさ、パアーっと差してきて、空の上の方に上って行くんだよ。その光は、なんとも優しい光だったからさ、きっと、苦しみの無い世界やと思うんやけどなあ。送られてる人も、合掌して、ニコーッって僕を見てたもの。でも、今は、天国はあるって、言い切る自信ないよ。」 「仕方がないやん。行ったことないねんもん。」 そんな話があって、賢司と傘は、神戸の賢司の自宅に帰って来た。 まだ、雨が降っている。 賢司は、傘を持って、マンションの駐車場から出る。 玄関のドアまでは、歩いて1分も掛からないけれど、何気なく傘を差した。 ジャンプ傘の開くボタンを押した瞬間、「いやーん。」と色っぽい声がした。 「もう、賢ちゃん、今のボタン、あたしの胸なんだよ。もう、ビックリしちゃった。もう賢ちゃんのエッチー。」 「ええっ。ここが胸なの。じゃ、ここは頭?」と柄の持ち手を触る。 「そうそう、そこが頭。」 「じゃ、ここは。」と、傘の布の部分を触ったら、「うーん。そこは、微妙やけど、胴体のような、腕のような。今一つ、判然としないんやわ。やっぱり、傘やから、人間の身体に当てはめるの、ちょっと無理あるんかな。手と足も欲しいなあ。家に、リカちゃん人形ないの?」 「それは、無いわ。」 賢司は、傘を差しながら、ドアまで歩く。 「ということは、今は逆さ向いてるの。逆立ち状態なの。」と賢司が素朴な疑問を言った。 「そう、逆立ち状態だわ。もう、頭に血が上っちゃうよ。あっ、でも、あたし傘やから、血流れてないやんね。」 「血は、ないよね。」 「でも、そんな気がするねん。まあ、気のせいかな。」 賢司は、部屋に入って、傘をソファに立てかける。 テレビを点けると、傘は、真剣に見ているようだ。 「やっぱり、屋根がある場所って、いいね。今まで、ずっと外に立ちっぱなしやったから、家の有難さ、よう解るわ。」 「傘との同居生活。これって、同棲なのかな。」って、冗談半分に傘に言った。 「ほんとだ、でも、傘だもん。賢ちゃんの好きな料理とか作ってあげれないよ。」 ちょっと、傘が寂しそうに見えた。 そんな傘との共同生活も、1ヶ月ほど続いただろうか。 賢司にしてみても、家に帰って話し相手もいるわけだし、しかも、彼女でも奥さんでもないから、気楽な訳である。 傘にしてみても、道路の傍で立っているよりも快適だ。 そんなある日、賢司の同級生が家に尋ねて来た。 久しぶりに酒を飲んで、昔ばなしに花を咲かせる。 さて、帰ろうかという時に雨が降り出した。 「あ、雨降って来たね。この傘借りて行っていいかな。」友人が言った。 「あ、ああ。まあ、良いけれど、ちょっと他に傘なかったかな。」と玄関で傘を探し始める。 「いや、この傘でいいですよ。もう、だいぶん古びて来ているし、雨に濡れなければいいんだから。」 「うん。どうしようかな。ちょっとね。」 すると、傘が、友人には聞こえないように、「うち、この人に付いていきたいなあ。」と言った。 「いや、付いて行きたいって、彼、あなたの事、幽霊やって理解できるやろか。」 「理解してもらわんでもええねん。彼、イケメンやし、もうこの部屋も、ちょっと飽きて来たし。」 「飽きて来たって、そしたら、天国にでも行けばいいじゃない。」 「だから、天国に行くのは、怖いんだって。それに、賢ちゃんだって、行ったことないんでしょ。そんな、いい加減な情報で、あたしを天国に行かせないでよ。」 「まあ、そうやな。そうやったな。何度も僕も反省したのにな。それは、僕が悪かったかもだな。」 「そうだよ。じゃ、賢ちゃんと、一緒にあの世へ行く。それなら、あたしも怖くないし。ねえ、一緒に、天国に行こうよ。」 「いや、まだ、僕は、生きていたから嫌だ。」 「もう、また自分の事ばっかり。我儘やねえ。あたしの事、嫌いなの。」 「いや、好きも、嫌いもないだろ。傘なんだから。」 すると、友人が、不思議な顔をしていった。 「さっきから、何、ぶつぶつと独り言つぶやいてるんですか。」 賢司は、ハッと気が付いて、「そうか、君には、聞こえてないんやね。」と友人に言う。 「聞こえてないって、どういうこと。」 傘は、どうも、人差し指を口に当てて、「シー。」と、賢司に、これ以上、話さないでと言っているように見えた。 友人に気持ち悪がられて、一緒に付いて行けなくなったら困るという感じだ。 まあいいか、別に付いて行ったって、彼に危害を加える訳じゃない。 「いいよ。でも、訳アリの傘でね、もし変な感じだったら返してくれたらいいよ。」 「訳アリって、何なの。」 「実は、幽霊が宿ってる傘なんだ。」 「なんだか、面白そうだ。」 彼が、マンションの入口まで行って、傘を開いたときに、「いやーん。」という色めいた声を聞いた気がした。 そして、次の日。 彼は、ひどく興奮した口調で、電話を掛けて来た。 「賢ちゃん、あれ、あの傘、びっくりしたよ。傘が話すんだね。やっぱり、幽霊が宿ってるって、本当なの。」 「ああ、本当だ。」 と、賢司は、今までの経緯を、一通り話した。 「なるほどねえ。考えてみれば、可哀想な幽霊なんだよね。」 「可哀想ね、、、。そうかもね。」 「実はさ、あれから家に帰って、ずっと傘と、いや、怜ちゃんと話しててさ、もう、話が乗っちゃって、乗っちゃって、気が付いたら、夜中の3時だったよ。」 「怜ちゃんって、、、、怜ちゃんって呼んでるんだ。」 「まあね。傘ちゃんていうのも変だしさ。何か楽しくてさ。」 「それなら良かったけどさ。どうするの、僕に返す。それとも、そっちに置いておく。」 「うん、しばらく、一緒に暮らすよ。家に誰かがいるってこと、素晴らしいよね。今日も、早く帰って、怜ちゃんと、話がしたいなあ。」 「そうなんだ。じゃ、楽しくやってください。」 友人は、すっかり傘と、意気投合してしまったようだ。 それにしてもと、賢司は考える。 人間は、死んだら、あの世へ行く。 そこには、エンマ大王さんがいて、その先のいく場所を告げられる。 その行き先は、六道、つまり、天、人間、修羅、畜生、餓鬼、地獄の中のどこかの世界に振り分けられるそうだ。 しかし、その六道を見てみると、まともなのは、天と人間ぐらいで、あとは、悲惨な世界じゃないか。 人間界なら、今と同じじゃないか。苦しみの世界だ。 それに、天だって、苦しみがあるというじゃないか。 ということは、あの世は、苦しみしかないという結論に達するのだけれど、それだったら、僕が天国だと思って送り出した、あの人たちは、今頃、あの世で苦しんでいるという理屈になる。 賢司は、頭に両手を乗せて、途方に暮れてしまっていた。 そんなあの世へ行くぐらいなら、傘の言う通り、この世に留まって、生きていた頃を懐かしむのも、そう悪くはないじゃないか。 今まで、良い気になって、人をあの世に送っていたけれども、果たして、あの世へ行った人は、あの世でどんな暮らしをしているのだろうか。 もし、僕が送ったあの世が、地獄だったら、その人に、取り返しのつかないことをしてしまったのではないだろうか。 そう思うと、涙がこぼれた。 これが、浄土真宗なら、死んだら、すぐに阿弥陀様に救ってもらえるということだから、何も心配はいらない。 「ええなあ。浄土真宗は。親父の寺の宗派も、浄土真宗に変えるように説得したろかな。」そう呟いて、力なく笑った。 「それにしても、天国って、どんなところやろうなあ。」 もう、賢司は、幽霊を天国に送り出すことに、疲れ切っていた。 依然、友人は、傘との生活を楽しんでいるようだった。 何でも、話し相手がいるってことが、楽しいらしい。 そんなころ、傘は、こんなことを思っていた。 やっぱり、あの世へ行こうかな。 あの世へ行かないと、また生まれてこれないもん。 うち、肉体が欲しいわ。 肉体をもらうには、あの世へ行って、生まれ変わらなきゃいけないだよね。 この世も、気楽で楽しいから、名残惜しいけどさ、肉体がないものね。 いくら、美味しい料理を食べようと思っても、食べれないし、そんなん考えたら、詰まらないわ。 彼も優しいから、大事にしてくれるし、話してても楽しいけれど、いくら好きになってくれても、抱きしめたら傘やったなんて、そんなん悲しすぎるわ。 「怜ちゃん。好きだよ。」 「あたしも、好きよ。」 「怜ちゃん、大好き。」 「あたしも、大好き。」 そして、抱き合う彼と傘。 「なんや、傘やないか。骨ばっかりやん。ゴツゴツしてるわ。」 「仕方ないやん。うち、傘やもん。」 って、そんなの悲しすぎるよ。 うち、やっぱり、肉体が欲しいわ。 天国行って、生まれ変わって、また可愛い女の子として生まれ変わりたいわ。 身体も、ボン、キュッ、ボンみたいな。 顔も、「きゃー、顔小っちゃい。」なんて、みんなに言われたいわ。 でも、天国に行くの、怖いしなあ。 そうや、賢ちゃん、一緒にあの世へ行ってくれへんかなあ。 賢ちゃんと一緒やったら、安心やもん。 今度会ったら、頼んでみよかな。 その時、賢司は、何故か、神戸の家で、寒気で身体がブルブルと震えていたのであった。 「風邪を引いたかな。」 クシャミを1つした。
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