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寄せ付けるお前と寄せ付けない俺
みのる…そう、みのる。
今までみのるとは全く話したことがなかった。
背が高くてがっちりした体型。あっちこっちに傷の跡があって当時のわんぱくな男の子そのもの。
教室の後ろの席に座っていて、体育でフォークダンスをやると、女子の人数が足りないので、みのるたちの高身長男子が女子の代わりをさせられることも多かった。
それ以外、全く知らない。
知らないんじゃない。なんか、人を寄せ付けないと言うか…
こんなに大きい男が目立たない訳がない。
でもなぜか知らなかった。
☆ ☆ ☆
「ここがおれの家だよ…」
みのるの家に着いて驚いた。
なんだ…?このスクラップの山は…?
家の庭が錆びた車やトラクター…色んなものが積み重なって山になっていた。
「…どう思う?」
みのるはニコニコしながら聞いてきた。
どう思うって言われても…
「まっ…いいや!家の中に入って…」
そう言うとみのるは俺の腕を引っ張って行く。
家の中はもっと凄かった。
大量のゴミ袋が玄関に積まれていて、家の中は障子やカーテンが破れている。
「…さぁ、そこに座って…」
そう言うとみのるは、台所のテーブルの上をがさつに片付け、冷蔵庫の中にあったジュースを入れてくれた。
「さすがのお前もビックリしてるね…」
「ニッ」と笑うみのる。
「あ…ありがとう…」
出されたジュースを飲みながら、周りを見渡してしまう俺。
「…で、どう思った?」
また聞いてくるみのる。
「あのさ、なんでゴミを片付けないの?」
「ゴミ…あっ…ゴミに見える?」
「ゴミでしょ!どう見たってゴミだよ!」
「クククク…」
笑い出すみのる。
「だよな…やっぱりゴミはゴミだよな…」
そうしてみのるは、ゆっくりと説明を始めた。
みのるの家はお母さんを病気で亡くしてから、生活が変わった。
高額な医療費を返すためにお父さんは副業でスクラップの転売を始め、それだけでは足りなくなり、仕事を長距離トラックの運転手に変え、あまり家にはいられなくなった。
みのるもバイトをするようになり、家の片付けなどをする時間は減っていった。
「…おまえんちも色々あると思うけど、おれんちも色々とある訳よ…」
目を細めるみのる。
「でも、やっぱりお前、面白いな!」
「ん?何のこと…?」
「ほとんどの奴が俺の家を見たとたんに態度を変えて逃げて行くのに…」
逃げて行く…?
「学校の先生でさえ、家庭訪問の時に家の中に入ろうとしないんだもん…一生懸命冷静なフリをしてんだけどさ、出したお茶を触ろうともしなかったからね…」
「……………」
「なのにお前は家の中に入ってきて、ジュースを飲みながら、ゴミだらけだね…って…」
「いやいや…ごめん…そりゃ悪かった…」
「違うんだよ。みんな平気で嘘をつくのさ。こっちは態度を見てりゃ簡単に分かるのに、平気で嘘をつく…これを思いやりとか気づかいとかいう奴がいるけどさ、そんなの嘘だよ。やる側の勝手な言い訳だよ。だってさ、やられた俺は怒ってるからね。」
真剣な顔で話しを続ける。
「そりゃ相手を思いやる気持ちは大切だと思うよ。でも嘘はダメ。こっちはちゃんと現実を受け入れて立ち向かおうとしてるのに、馬鹿にされてるような気がしちゃってさ…」
「馬鹿にはしてないと思うよ。俺も同じような事がよくあるし…」
「じゃあ俺の気持ちも分かるだろ?お前も馬鹿にされてると思ったりしないの?」
そんなこと考えた事なかった。
父親を病気で亡くしてから、俺の家も大変なことになった。
「何かあったらいつでも…」とか言ってた大人たちは、いつの間にかいなくなり、俺の前では「頑張ってね」とか言ってるくせに、陰で「あそこの子は…」とか悪口を言う奴の方が増えた。
「俺は気にしなくなった…かな…気にしてたらキリがないもん。」
「俺も気にしないように頑張ったさ…でもな、いつまでたっても終わんねーんだよ…だから俺は自分を消すことに決めたんだ。目立たないようにして人を寄せ付けないようにすればいいって…」
そうだったのか…
みのるのオーラって、自分で作ってたんだ…
「でもさ、お前を見てると、考えちゃうんだよ…それでいいのかって…」
俺を見てると…?
「お前ってさ、よく分からないけど、人を寄せ付ける何かが出てんだよ。だから俺も気になってずっと見てたし…」
「見てたってなんだよ…?」
「お前、絶対に考えを曲げないじゃん。思ったことをすぐ言ってしまうじゃん?」
「言ってるかな…?」
「だってゴミって言ったじゃん!岡田に汚いって言われて怒ってるお前が、俺に言ったじゃん!」
クスクス笑うみのる。
「そ…それは…」
「たぶんそんなところが目立っちゃうんだと思うんだ。嘘つきより嘘をつかない方がいい人だと思うもん。」
「俺ってそんなに目立ってるの?」
「目立つから、さっきみたいなトラブルに巻き込まれる訳じゃん。俺みたいにおとなしくしてりゃ声なんか掛けられないのに…」
「そんな問題なのかよ?」
「そもそも岡田の家に行かなけりゃ、そんな嫌な思いもしなくて済んだ訳でしょ?」
「確かにそうだけど…」
「でもね絶対お前の方が正しいんだよ。俺だってこんな事言ってるくせに、誘って欲しいもん。ガンプラ見たいもん…でも言えねーんだよな…」
みのる…
「寄せ付けるお前と寄せ付けない俺…俺たち似てるんだけど大きく違う。どっちが正しいのかよく分かんないけどさ…」
「なんだよそれ…」
「でも自らトラブルを引き寄せて、逃げようとせずにそれに立ち向かうお前…俺はいいと思うよ。」
「それって褒めてんの?馬鹿にしてんの?どっちだよ?」
「両方だよ!」
その後も俺たちは笑いながら色々と話しを続けた。
気がつけばすっかり日は暮れて夜になっていた。
今度みのるの時間が取れる時に、一緒に家の掃除をする約束をして、みのるの家をあとにする。
「嘘つきより嘘をつかない方がいい人だと思う…」
嘘をつけないから目立ってしまう…か…
俺はそう思いながら、小学二年生のあの出来事を思い出していた。
☆ ☆ ☆
えー…誤解がないようにちょっとだけ説明。
当時は今のように離婚で片親ってのは珍しく、両親がいて父親は一生懸命に働き、母親は家事で家を守るってのが当たり前の時代でした。
だから片親ってのは、それだけで大変目立ってしまう訳で、珍しいので間違った同情をされることも多く、片親の子どもたちは大変暮らしにくい世の中だったのです。
間違った同情は、間違った噂が発生しやすく、ご近所同士が大変仲が良かった時代なので、簡単に広まってしまう。
そこに高度成長期の負の産物である、部落差別や村八分などが複雑に絡み合ってしまい…
まあそんな時代があったからこそ、今の世の中がある訳で。
今では考えられないようなことが、よくある時代でした。
さて…
みのるとの話しで思い出してしまった「あの出来事」
嘘をつく人間と嘘がつけない人間
果たしてどちらが正しいのか…
次回「烙印TATOO」
お楽しみに
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