第1話 🏹 名器

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第1話 🏹 名器

 俺は弓矢職人。生涯をかけて最高の弓矢を追求してきた。今ここにこうして、これまでの集大成とも言える名器が完成を迎えようとしている。俺の技術と経験の全てがここに凝縮されているんだ。 ✳︎  これまで手がけた弓矢は何千本か何万本かわからねえ。来る日も来る日も弓矢を作り続けてきた。しかしどれも納得のいくものではなかった。悔しさともどかしさのあまり、思わずカッとなって叩き折った弓矢も数しれねえ。  振り返れば、これまで俺の弓矢を(これまでの駄作の数々を)高く評価する者も少なからずいた。だが、そんな奴らはちっともわかっちゃいねえ。──本当の価値というやつを。  奴らの言い様はこんなもんだ。「無垢の木と竹の組み合わせ。寸法。しなり。鏃。どれをとっても絶妙だ」──なんて、取ってつけたような適当なことを、平気で言いやがる。笑わせやがるぜ。前に誰かが言ったようなことだ。たまたまちょっと聞きかじったことを、あたかも自分の見識の高さを見せつけるかのように、したり顔で言いやがる。そのくせ、自分では生まれてこのかた、一度だってまともに弓矢を作ったことすらねえ。そんな有象無象の輩だ。  俺にはわかっている。俺の弓矢の秀逸さにかこつけて、ただただ自分の名声を得ようと、俺の偉業に便乗するだけの奴らだ。まったく何の実もねえ。上辺だけの薄っぺらな輩だ。実際、そんな奴らは、他の取るに足らねえ、ちゃちな弓矢を手にしたって同んなじ事を言うに決まってやがる。間違えねえ。まったくもって質の違いなんてわかりゃしねえんだ。  だから俺は、そんな奴らにはまるっきり聞く耳を持たず、ただひたすら作り続けた。ただひたすら自分の道を追求し続けた。そしてついにたどり着いたんだ。  今度こそ本物だ!  こいつは間違いなく後世に語り継がれる名器となる!  もしかしたらこの違いを分かる奴は誰もいないかもしれねえ。だが俺には分かる。この俺の腕の中で抱かれているこいつのこの質感。オーラ。こいつはこれまでとはまったく別次元だ。  おっと、しかし焦っちゃいけねえ。実は最後に一番大事な大仕事が残ってるんだ。これは誰も知らねえ秘伝の作業だ。 ──あの北の山に住むという幻の白い猪を、こいつの第一矢で射る!  それでもって初めてこいつに「命」が吹き込まれるんだ。山神の命が宿るんだ。そして今まで誰もなし得なかった真の名器になる!
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