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不安な気持ちで奥の様子を伺っていると、星さんの「救急車呼びますよ」という声が聞こえてきた。
それに反応した宮前君がわたしの腕の中から起き上がる。
その顔は青ざめ、涙がいっぱいに浮かんだ目は真っ赤だ。
それでも、意を決したように奥の部屋へと戻っていく。わたしもその後を追いかけた。
部屋の中には宮前君のお母さんと思われる女性が倒れていた。
締め切った部屋の中は、アルコールとすえたような臭いがした。部屋の隅に溜まったゴミ袋。洗濯物が積まれたソファー。
奥に見えるダイニングテーブルの上はお酒やなんかの缶と瓶、お菓子の袋などが散乱している。
星さんはお母さんの脇にしゃがみこんで呼びかけているが返事はないようだ。意識がないとなると相当酷い状態なのではないだろうか。
お母さんの方へ恐る恐る歩み寄り、星さんの横で立ち止まった宮前君の頭を星さんが大きな手で撫でた。
「叶夢、おじさんのこと覚えてるよな? お母さん、どうしてこうなったかおじさんに教えてくれるか?」
「…………」
「お母さん、どこかに頭とかぶつけた?」
「…………」
「そっか。じゃあ先に救急車とお巡りさんに来てもらうけどいいか?」
叶夢君(漸く読み方が分かった)がわたしの方を振り返った。その目が助けを求めるように揺れている。
星さんも叶夢君も、何だか少し様子がおかしい。何故直ぐに救急車を呼ばないんだろう。
叶夢君は何を怯えているんだろう。
わたしの問いかける視線に気付いた星さんが立ち上がると、その腕を叶夢君が両手で掴んだ。
「……お母さん、警察に捕まるの?」
叶夢君の両目から涙が零れ落ちた。
星さんは再びしゃがみこんで叶夢君と視線を合わせる。
両手でその小さな肩を掴み、星さんは笑顔を見せた。
「まずは病院だ。お母さんを助けたいだろう?」
叶夢君は頷くと、ぐったりと横たわるお母さんの背中にしがみついた。
星さんは立ち上がって二人の側を離れると、わたしの肩を押して廊下へ出た。
その表情は険しい。
「燿子ちゃん、サトシと替われる?」
事情を聞きたい気持ちもあったけれど、星さんの様子から今はサトシさんが必要なんだと分かった。けれど、どんなに心の中で呼びかけてもサトシさんが応えてくれることはなかった。
「ダメみたいです」
「参ったな。今から警察に事情聴取されると思うけど、燿子ちゃん、何とか乗り切れる?」
「何があったんですか? お母さんどこが悪いんですか?」
「あれ、多分……」
星さんはガシガシと頭をかいて唸る。
「……クスリやってる」
その言葉が何を意味するのか、分からないほど世間知らずではない。わたしは、呆然と立ち竦んだ。と同時に怒りが沸き起こる。
「子どもがいるのにそんなっ……!」
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