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「まだ自分からやったのか、誰かにやられたのか分からない。叶夢の母親の意志とは限らないよ」
確かに、わたしの早合点だった。
さっき家から出て行った人は誰だったんだろう。叶夢君のお父さんだろうか。それとも叶夢君のお母さんをこんな状態にした犯人?
そんなことを考えているうちに警察の人がやってきた。
わたしたちはひと通り事情を聞かれ、身元確認を求められた。
ポケットの財布にサトシさんの免許証が入っていることは知っていたが、ここでそれを出すのは躊躇われた。
なんだかサトシさんを勝手に巻き込んだような気がしてしまったからだ。でもよくよく考えてみれば、叶夢君が助けを求めたのはサトシさんなのだから、むしろ巻き込まれたのはわたし?
出し渋るわたしだったが、じゃあここに名前と住所を書いて、と言われ出さざるを得なくなった。免許証見ないと書けない。
来島 悟志。それがサトシさんのフルネームだった。
その後直ぐに到着した救急車で、叶夢君のお母さんは病院に運ばれていった。
叶夢君は他に付き添う保護者がいないことから一緒に行くことを許されず、家の外で救急車を見送った。
母親のことを思って不安とショックで言葉を失っているその姿が他人事と思えず、わたしは叶夢君を連れてサトシさんのアパートへ帰ることにした。
途中、叶夢君を背中におぶって歩いた。さすがに3年生の男の子は重かったが、背中に寄りかかる重みはどこかわたしを慰めた。
生きていることの熱や重さ。小さくてもずっしりとその体に詰まった命を感じていた。
毎日仕事に追われ、罵られ、ボロ雑巾のようだった数ヶ月前のわたしは、母の腕の中で重荷を下ろし、再び自由を手に入れた。
今、わたしの背中に感じている重さにはきっと、叶夢君が今夜背負うことになった悲しみや不安も含まれているはずだ。
今の叶夢君には、それを一緒に背負ってくれる人も、代わりに持ってくれる人もいない。
せめてサトシさんの存在が叶夢君の支えになるなら、わたしは叶夢君の傍に居てあげたいと思った。
アパートに辿り着くと、流石に色んな疲れが一気に押し寄せてきた。
シングルベッドに叶夢君を寝かせ、床に積まれた本を隅の方へ寄せて、床に寝転がった。
コンビニに寄っていた星さんが帰ってきたことにも気付かないうちに眠ってしまっていた。
夜中に一度だけ目が覚めた。
パソコンの液晶から漏れる明かりに、星さんの真剣な表情が浮かぶ。
目線は画面に向けられているのに、右手はタブレットの上を忙しなく動く。リピートの続きを描いているのかもしれない。
再び眠りに落ちる前、星さんが祈るように呟く声が聞こえた。
「……帰ってこい、……サトシ……」
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