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その夜、畳の上に敷かれた布団で眠りについたわたしは、気が付けばズブズブと布団に沈みそうになっていた。
慌ててもがくとふわりと体が浮きあがる。隣の部屋から漏れている光に気付いてそちらへふらりと寄っていくと、星さんとサトシさんが向かいあっているのが見えた。
サトシさんは水の入った二つのコップを手にしている。
「今はこの状態だ」
二つのコップを合わせる音がしんとした室内に響く。
星さんは怖い顔でそれを睨んでいる。
サトシさんは片方のコップからもう片方へゆっくりと水を注いでいった。
「こうなったら、もう二つを元に戻すことはできない」
何の話をしているんだろう。
「でも、それじゃあ、燿子ちゃんを見殺しにするのかよ!」
星さんが怒っている。
「俺の中で一生生きていくより、こうなる前に切り離した方が彼女の為だ」
あの水はもしかしてわたしとサトシさんの魂を表しているんだろうか。
混ざり合った水を元に戻すなんて不可能だ。これが、サトシさんの言っていた魂を食い殺すってこと……?
「お前、もしかして……」
星さんが急に何かに気付いたように目を見開いた。
サトシさんは星さんの顔を真っ直ぐに見ている。
「尚也は……、お前と尚也は、その水みたいに混ざり合ったっていうのか……」
「二人で生きるにはこれしかなかった」
「なんで今まで言わなかった!?」
「言わない方がいいと思ったからだ」
「……んなわけないだろ……」
星さんがコップに手を伸ばす。
少しの揺れで零れてしまいそうなそれを、ギュッと握って俯く。
サトシさんは何も言わずに星さんを見ている。
「結局、俺には何もできないってことだろ? サトシも尚也も、燿子ちゃんだって、結局俺にはどうすることもできない」
「そうじゃない。星がいるから俺は今まで生きてこられたと思ってる」
サトシさんの声が星さんの肩を震わせる。
「彼女を助けてやってくれ。星がいればきっと彼女も生きる道を見つけられるはずだ」
サトシさんが星さんを信頼しているのが、その声から伝わってくる。
星さんはサトシさんが今まで黙っていたことに怒り失望したかもしれない。
死んだと思っていた尚也さんが、サトシさんと混ざり合って生きていた。
そんなことが本当に起こり得るのか、わたしには分からない。でも、サトシさんは尚也さんを助けたかった。それと同時に星さんや香織さんに負担をかけたくないと思って本当のことを今まで内緒にしてきたんじゃないだろうか。
いきなり二人が一人になったら、どう接していいか分からなくなるだろうし、いつまで経っても尚也さんの死から立ち直ることができなかったかもしれない。
そんなサトシさんの気持ちが星さんに分からないはずがない。
星さんは握りしめていたコップを引き寄せ、それを持ち上げるとゴクゴクと喉を鳴らして飲み干した。
口の端から零れた雫を手の甲でぐいと拭う。
「……簡単に言うなよ」
そう言った星さんの声には明るさが戻っていた。
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