76人が本棚に入れています
本棚に追加
小学校_1
「ああ忘れるところだった。サトシ君、これお弁当持っていって。あら、星はまだ寝てるの? サトシ君遅れちゃうでしょ。おばさん、今から小学校の近くの畑まで行くから乗せてってあげる」
ほらほらと背中を押され、軽トラの助手席に乗り込む。
星さんのお母さんは慣れたハンドル捌きで農道を行く。
小学校が近付いてくると、交差点に子どもたちの姿が見えた。
信号のない横断歩道で、軽トラは子どもたちが道を渡るのを停まって待つ。
手を挙げて渡り切った子どもたちが、こちらに向かってお辞儀をするのを見て、わたしは驚いた。
道を譲ってくれたドライバーに対して、頭を下げる大人がどれほどいるだろうか。
口には出さなかったけれど、心の中は新鮮な驚きでいっぱいだった。
「かわいいわねぇ。あなた達の小さい頃思い出すわ。星が学校休むといっつもサトシ君がお便り持って来てくれてたわよね。星はサトシ君に憧れてたのよ。野菜だって本当は嫌いだったのに、サトシ君が食べてるの見て頑張っちゃって」
「星さ、……星はお母さんのおかげだって言ってましたよ。今じゃ、みんなにうちの野菜食べたら元気になるって言ってます」
お母さんは嬉しそうに笑って、わたしの膝をぽんと叩いた。
その手の優しさに、ふわっと母の顔が浮かぶ。
「せんせー、おはようございまーす」
子どもたちが大きな声でこちらに向かって手を振るのが見えた。
子どもたちの横を軽トラがゆっくりと進む。
わたしは深呼吸してお腹に空気を貯めた。
「おはよう!」
その第一声と共に、今日一日子どもたちと過ごす覚悟を決める。
学校の少し手前で車から降りると、お母さんにお礼を言って別れた。
過疎化が進む田舎町の小学校。受け持つクラスの生徒は22人。
小さな机の並ぶ教室はどこか懐かしくて、それでいて44の眼に見つめられる緊張感に、覚えたはずの言葉がどこかへ飛んでいってしまう。
何も言わないわたしに、教室の中は直ぐに騒めき、子どもたちの視線は横へ後ろへと逸らされる。
必死に頭の中でシミュレートしていた流れは、ひとつつまづくと、なかなか立て直すことができない。
隣のクラスの子どもたちが並んで廊下を歩いていく。
今日は全校朝礼があり、学年ごとに列になって体育館に集まるのだ。
速やかに子どもたちを廊下に並ばせる。これが今日一つ目のミッションだった。
最初のコメントを投稿しよう!