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廊下の白い空間に弱々しく充ちた蛍光灯の光に、外が暗くなっていることに気付いた。
のろのろと握りしめていたスマホの時計を確認すれば、もう夜の8時を回っている。
消灯時間になったら病院を出ていかなくてはいけない。
母はどうするのだろう。一度家に帰るにしても、車はショッピングセンターに置きっぱなしだった。
一人で運転、大丈夫だろうか。ぼんやりして母まで事故にあったらどうしよう。
とめどなく浮かぶいろいろな考えに耽っているうちに、返信していなかった(あけのん)から再びメッセージが届いた。
『今からそっち迎えに行く』
サトシさんの手から投げられたキーホルダーが、あの時一緒にいた男性の手にキャッチされる映像が浮かぶ。
「星、心肺停止だ! AED取ってきてくれ!」
「店員の方いますか! 救急車お願いします」
母の腕の中のわたしは、その時息をしていなかった。
わたし、死んだんだ.......。
「退いてろっ!」
自分が幽霊になったことを悟った瞬間、ふわりと体が浮いてサトシさんの頭上にいた。
サトシさんがわたしの胸に手を置く。軽く重ねた手がリズミカルに心臓マッサージをする様子をわたしは上から見ていた。
星さんが赤いバッグを持って駆け戻ってくると、サトシさんは店員さんに試着室のカーテンを取って来させ、それでわたしの周りを覆う。
赤いバッグから取り出したハサミでわたしの着ていた洋服を大きく切り開き、2枚のパッドを装着していく。
その手には迷いがなく、手慣れている様子だった。
わたしは、さらけだされた胸が恥ずかしく、使い古した下着にも自分のことを呪わずにはいられない心境だった。
けれど、どんなに叫んでも暴れても誰一人、空中を漂う透明人間のわたしに気付く人はいない。
ふと見えた胸から左肩にかけてが赤く色付いている。
そうだ、あの時誰かがぶつかってきた。そのせいで、痣になったんだ。
──何故、わたしを狙ったの?
ふわりと浮かびながら、幽霊のわたしはその掌を胸に当てる。
今はそこにない心臓は鼓動を刻むこともなく、ただ波のような感情が揺らめいているだけだった。
やがて小さな機械が、わたしが心拍を取り戻したことを告げた。
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