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白いエプロンと白い帽子、小さな顔に大きなマスクを着けた当番の子たちが、給食室から運ばれてきたお鍋からおかずを取り分けていく。
ちゃんと人数分に分配できるのか、こぼしたりしないかとハラハラしながら見守っていたけれど、どうにか全員に給食が行き渡った。
最後に当番の子がわたしの席に給食の乗ったトレーを持ってきてくれる。
サトシさんのメモ通りに、「では、お当番さん」と声をかけると、号令にあわせて「いただきます」の声が元気に響き渡った。
今朝は星さんの御家族に囲まれた朝ごはん、そしてお昼は子どもたちと一緒に給食を食べる。
こんな体験は二度とないかもしれない。
緊張と失敗の連続でも、子どもたちの元気に引っ張られるように一日が進んでいく。
誰もが経験してきたはずの時間が、サトシさんの目を通して見ると、まるで初めて見る世界にいるような二度とない貴重な時間だと思えた。
それは美術館にいる時に少し似ているかもしれない。
飾られた作品をさっと見て通り過ぎることもできるけれど、ひとつひとつを問いかけるように見ていくと、そこに知らなかった世界が広がっていることに気付く。
絵の中にそれぞれ違った世界があるように、子どもたちの中にもそれぞれ違う世界がある。
もし、自分の体に戻ることができたなら、先生にはなれなくても、子どもたちと関わる仕事がしてみたい。
昼休み、子どもたちが提出した日記帳を読みながらそんなことを考えていた。
そしてこの日最後の授業は体育だった。
「運動場でドッジボールをする」と書かれたメモ。ボールは体育係の子が準備してくれる。
わたしはタイムを測って笛を吹くだけだ。
二つのチームに別れて試合開始の合図。
ボールは何故かわたしの顔面に向かって飛んできた。
サトシさんならきっとうまく避けたに違いない。
だけど……。
「今日の先生、変!」
「先生、なんかあったのー?」
「失恋とか!?」
鼻が潰れそうな痛みを堪えながら、子どもたちがいつもと違う「サトシ先生」の秘密を暴こうとする声を聞いていた。
自分ではサトシさんになりきってうまくやれてるつもりだったけれど、子どもたちにはお見通しだったようだ。
――騙してごめんね。
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