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救急車のサイレンが聞こえ始めた頃、外は本格的な雨になっていた。
体育館の屋根を打つ雨音が、外の世界との繋がりを絶とうとしているかのようで、子どもたちの姿を見るのが怖い。
わたしはサトシさんの代わりにこの子たちを守らなければいけない。
怯えている場合じゃない。
何度も何度も一人一人に声をかける。
半数以上の子どもたちが腹痛や吐き気を訴えている。被害は今のところこのクラスだけだった。
一番最初に動いてくれた叶夢君は、体育館の隅で青い顔で立っていた。
「叶夢君、大丈夫? さっきはありがとう」
近寄って声をかけると、その目からポタリと涙が落ちた。
不調を訴えていない子たちも、突然の騒ぎにみんな不安になっている。
叶夢君はお母さんのことがあってすぐだから、尚更かもしれない。
叶夢君の肩に手をかけようとしたその時、叶夢君はくるりと踵を返して駆け出した。
体育館に入ってくる救急隊員の人達の間をすり抜けて、外へ飛び出していってしまう。
振り返れば、何人かの先生方が救急隊員の方を症状の重い子の元へ案内してくれている。
一瞬躊躇ったものの、叶夢君がこの後具合が悪くならないとも限らない。
わたしは急いで叶夢君のあとを追いかけた。
運動場の端を走っていく人影を見つけて飛び出した。
ザーザーと降りしきる雨。
ぬかるむ土に足をとられる。
目を開けているのもやっとで、必死に叶夢君の姿を追うものの、ついに叶夢君は学校の外へと出てしまった。
車に轢かれたりしたら大変だ。
「叶夢君、待って」
呼び声は雨音に掻き消されて、叶夢君に届かない。
車道にどこかで見たような車が止まっているのが見えた。
胸の奥がざわりと逆撫でされたような不安。
車のスライドドアが開いて、叶夢君がその横に立ち止まった。
車内から伸びてきた手が叶夢君を車に引き込むと、ドアが閉まるのも待たずに走り出す。
この時にはもう全速力で車に向かって駆け出していた。
体を操っているのが、自分なのかサトシさんなのか分からない。
車はどんどんスピードを上げ遠ざかっていく。
このまま見失ってしまったら……。
その時、ふっと視界がぼやけた。刺すような痛みが腹部に走る。
足が縺れて転びかけ、それでもどうにか叶夢君を連れ去った車を見失わないよう、またすぐに走り出す。
田舎町ではタクシーがタイミングよく通るなんてことはまず期待できない。
携帯で警察に電話しようにも、学校に置いてきてしまった。
このまま何もできないんだろうか。
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