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全身をぐっしょりと濡らす雨のせいで、体力はどんどん奪われていく。
ついに、車は見えなくなった。
――叶夢君……!
もう、これ以上走れない。
そう思った時、背中からずるんと何かが剥がれ落ちるような感触。
それまでの苦しい呼吸もお腹の痛さも消え、わたしの体は透明になった。
はっと振り返ると、前髪から雨の雫を滴らせたサトシさんの紙のような白い顔がそこにあった。
前かがみに、両手を膝について肩で息をしている。
それでも、戦慄く唇が「行け」と声を絞り出す。
「行ってくれ。……叶夢を、……はぁ、はぁ、……頼む」
今にも倒れそうな顔で、わたしに行けと言う。今、私だけが叶夢君を追うことができる。
けど、さっきまで感じていた腹痛や吐き気を思うと、サトシさんが学校まで無事に帰れるのかどうかも分からない。
魂だけのわたしには、誰かに何かを伝えることさえできない。
――せめて星さんに連絡できたら。
けれど、迷っている暇はない。
「行きます」
今、優先すべきは叶夢君を追いかけること。叶夢君の連れ去られた先が分かったら、またサトシさんに知らせに戻るんだ。
――それまで、サトシさん無事でいて。
あとは振り返らずに、車の走り去った方向に意識を集中させる。
わたしの意識は高く舞い上がり、叶夢君を追って飛んだ。
肉体を持たないわたしに何ができるかなんて分からない。
でも、叶夢君の側へ。
やがて、車が目前に迫る。わたしはえいっと気合いを入れて、車の屋根に飛び込んだ。
その車は、叶夢君の家の前から走り去ったあの車だった。
「叶夢、よくやったな。次はお母さんに会わせてやるよ」
叶夢君の隣にいた男がそう言った。
運転席には別の男。助手席には母と同じくらいの年の女性。
「明日には明野農園の野菜から大量の農薬が検出されたっていう記事が出るわ」
その女性が恐ろしい言葉を放った。
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