病院_3

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締め切られたスライドドアは、今のわたしには触れることさえできない。 でも、さっきだって車の屋根を通り抜けた。薄いドアの一枚や二枚、今のわたしには何の障害にもならない。 一瞬で燿子の病室までたどり着いた。 今だに目を覚まさないのか、燿子は目を閉じて静かな呼吸を繰り返している。 その傍らには母の姿があった。 「お母さん……。ごめんね」 わたしの声は母に届かない。母はベッドに肘をついて祈るように手を組み合わせ、その手を額に押し当てている。 触れることはできないけれど、母の背中をそっと撫でるように手を動かす。 感じるはずはないのに、その手に母の温かさが伝わってきたような気がした。 ――わたしはここにいるよ。気付いて! そう叫んでみても伝わらない。 髪の毛の一本すら動かすことができない。声が欲しい。この手に触れられる肉体が欲しい。 わたしはこの世界の燿子とひとつになることを強く心に描いた。 ――燿子、あなたの体を貸して。わたしを受け入れて! わたしは天井近くに浮き上がって、真下に燿子の体を見下ろした。 どうやって体に入ろうかと昨夜イメージした方法を試してみる。 まずは燿子の体に並行になって重なる。 魂のわたしと肉体の燿子(わたし)が溶け合うイメージで沈んでみる。 背中に反発を感じて、うまく入れない。 しばらく体の上を微妙に位置をずらしたりしながら頑張ってみたけど、ベッドは通り抜けるのに、燿子の体だけは一ミリも入ることができない。わたしだけが触れることのできない魔法でもかかっているみたいだ。 再び天井付近まで浮き上がると、今度は勢いよく飛び込んでみる。 けれど、体に触れた途端弾かれてしまった。 そうやって何度も何度も試したけれど、ことごとく失敗だった。 時折窓から駐車場を見下ろして、さっきの車が移動していないか確認していたけれど、何度目かに見た時、車がいなくなっていた。 ああ、時間がない。 気持ちは焦るばかりだ。 その時、母がふっとわたしの方に目を向けた。 「……燿子?」 見えていないはずなのに、目が合っている気がする。 「お母さん!」 「燿子!」 母がわたしに向かって手を伸ばす。その手首で見慣れたローズクオーツのブレスレットが揺れた。 (わたし)に母の手が触れた途端、そのブレスレットの糸が切れたのか、珠が弾け飛んだ。 いくつものローズクオーツが飛び散り、床の上を跳ねる。 次の瞬間、時が止まったようにそれらが動きを止めた。 空中に浮いたまま静止する薄紅色の珠が、窓から差し込んできた光を吸い込んで輝く。 白い光が散らばった珠から溢れ出して病室を真っ白に染めた。 「燿子!」 お母さんの声が部屋中からこだまして聞こえる。 目の前を色んな景色が流れ去った。 覚えている過去の景色。 忘れていた記憶。 苦しくて、悲しくて、優しい思い出の数々。 その中に星さんの姿があった。 そうだ。早く星さんに伝えなきゃいけないことがある。 記憶の中で笑う星さんはこの病室のベッドの上にいた。
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