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叶夢君も、叶夢君のお母さんもいない病室。さっきの男たちが二人を連れて行ったのだろうか。
わたしは大変な失敗をしてしまった。
まだ二人から目を離すべきじゃなかった。
もう二人を追いかけることもできない。
さっきまであんなに欲していた体が今では足枷に思える。
あの人たちは明野農園を潰そうとしていた。そのために、学校の給食に農薬を混入させ、罪もない子どもたちを……。
犯人に対する怒りと、自分に対する怒りで目の前が真っ赤になりそうなほどだった。
今日、もし子どもたちと給食を食べたのがサトシさんだったら、異変にもっと早く気付けたかもしれない。
子どもたちがあんな苦しみを味わう前にどうにかできていたかもしれない。
わたしは酷い考え違いをしていた。
一日くらいならサトシさんの代わりができると、思い上がっていたんだ。
この世界に存在すること自体間違っているわたしが、この一日で犯した罪はどれほどだろう。
子どもたちを危険に晒したばかりか、わたしの存在がみんなの運命を狂わせている。
わたしは立っていられずに、ベッドに顔を伏せて泣きじゃくった。
そんなことをしていても何の解決にもならないことは分かっている。
それでもこれまで気付かない振りをしていた不安や疲れが、堰を切ったように溢れ出して止まらなかった。
この世界に存在してはいけないわたしが、帰る場所も方法も分からないのに、サトシさんや星さんの優しさに甘えて欲を出した。
いつもそうだった。
大人しくしているつもりが周りに気を遣わせ、目立たないように控えめにしていることで周囲の負担を増やしていた。
嫌なことから目を背け、厳しい言葉には耳を塞いでいた。
自分は悪くない。
悪気があってやってるわけじゃない。
そんな言い訳で自分を正当化しようとしていた。そして自分のやったことの結果を見ずに逃げだしていた。
あの、尚也さんの事故の時も。
泣いている場合じゃない。泣くな、泣くな! 今度こそ、自分にできることをするんだ。それがこの世界からいなくなることだとしても。
「ちょっと、勝手に点滴外すとか、ありえないんだけど」
唇を噛んで立ち上がったわたしの前に香織さんが立っていた。
そうだ。香織さんに聞けばサトシさんや星さんの連絡先が分かったのに。
「……すみません」
慌てて涙を拭うわたしに、香織さんがポケットティッシュを差し出してくれる。
「何があったか知らないけど、星からあなたを見てて欲しいってさっき頼まれたの。あなた、昨日サトシの……」
わたしは香織さんの言いたいことを察して頷いた。
「元に戻ったってこと?」
「分かりません。わたしはこの世界にいるべきじゃないのに……」
そう口にした途端、止まっていた涙がまた込み上げてくる。これじゃまるで悲劇のヒロインに浸ってるみたいだ。
「…………。馬鹿ね。自分の体に戻ったんでしょ? 良かったのよ、それで。そんな難しく考える必要ある?」
香織さんは少しの沈黙の後、うじうじと悩むわたしの考えを吹き飛ばすようなサバサバした調子でそう言った。
「…………」
良かった、のかな。何をどう考えていいのか分からなくなる。
「自分のことは自分で認めてあげないと。少なくとも、サトシの中にいるよりはずっといいじゃない?
女の子にあの図体はダメでしょ」
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