病院_3

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「星さん、犯人に心当たりがあるんじゃないんですか?」 詰め寄るわたしに、星さんは難しい顔で黙り込む。 「星さん……!」 自分が今冷静じゃないことは分かっている。それでも何かせずにはいられない。 星さんが、再びわたしの手を引いて歩き出す。 混雑する狭い廊下をくぐり抜けてエレベーターに乗り、屋上へ出た。 雨空を見上げて立ち止まる。 少し離れた位置に小さな屋根のあるベンチがあるのが見えた。 星さんがそこまで走ろうと言って、わたしの頭の上に広げたシャツを翳す。 雨の中、洗濯を干しに来る人もいなくて、屋上にはわたしたちだけだった。 「サトシと香織は幼稚園からの友達。尚也は中学からかな」 星さんはベンチに座ると、しばらく空を見ていたけれど、そんな風に話し始めた。 「香織は小学校の時からサトシのことが好きでさ。それがもう傍から見てもバレバレ。それなのに尚也まで香織に惚れちゃってさぁ。まぁ、香織って田舎の中学ん中じゃ飛び抜けて可愛かったし、マドンナ的存在っていうか」 星さんは両手の指でカメラのフレームを作るみたいにして腕を伸ばす。 その向こうには鈍色の空と、降り頻る雨しか映ってはいないけれど、きっと星さんの目には中学時代の四人が見えているのだろう。 「俺さ、サトシと香織が両想いなの知ってて、尚也に告白させたんだ。 きっぱり振られて諦めろって。 その時はまだサトシと香織は付き合ってなかったから、尚也は諦めるっていうより一縷の望みにかけてたのかもしれない」 「星さんはどうだったんですか?」 聞いてしまってからすぐに後悔した。でも一旦口から出た言葉は取り消せない。 「俺は小二の時から別に好きな子いるから」 そう言って笑う星さんの横顔が、少し照れたように赤い。 わたしは何だか胸の中が今の空模様みたいにモヤッとしていた。そんなわたしの耳に聞こえてきたのは、高校生が背負うには苦しすぎる結末だった。 「あの日、尚也が香織に告白して見事玉砕。で、香織はサトシに告白して二人はようやく結ばれたって。ここまではよくある話。 でも、その日に尚也が事故った」 星さんが向ける視線の先で稲光が光った。 数秒後ゴロゴロと地響きのような遠雷が聞こえてくる。 「雷、怖くない?」 不意に星さんが私の方を見てそんな風に心配してくれる。わたしは小さく頷いた。 「そっか。こう、「キャー、雷怖い」って抱きついてくれても良かったんだけど」 星さんは自分を抱きしめるようにして左右に体を捩る。 星さんのおどけた様子にちょっと笑って見せた。その優しさにむしろ今はなぜだか泣きたくなる。 「で、まぁ話の続きなんだけど。ちょっとエグい話になるから、聞きたくなかったら言って」 星さん自信も話し辛いのかもしれない。その目に映っているのが雨の雫なのか涙なのか判然としなかった。 「尚也のお母さんが、一人息子が事故で意識不明の重体だろ。息子が事故を起こしたのは俺たち三人のせいだって半狂乱だったよ。学校には尚也がいじめにあってたんじゃないかって怒鳴りこんで来るし、家にも何回も来たよ。 その内精神病院に入院したって聞いた。それからはなんの音沙汰もなくて。次に会ったのは葬式の日だった」
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