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振り返るとそこに立っていたのは南署の松崎刑事さんだった。
星さんにツンと袖を引っ張られて、まだベンチに座ったままの星さんを見下ろす。星さんの表情が何か言いたげに歪んでいる。
不思議に思うわたしの横をすり抜けた松崎刑事が、星さんの隣にドカリと腰を下ろした。
「タレコミがあった。今、下で騒ぎになってる事件、お前んとこの農園が絡んでるって」
今、このタイミングで星さんの所に刑事さんが来るってそういうことなんだ……。
わたしは刑事さんに本当のことを分かって貰いたくて声を上げた。
「それ、デタラメです!」
刑事さんは分かっていると言うように、手を上げてわたしの声を遮る。
「知ってるよ。だが、俺は仕事上、お前たちに任意同行を求めなきゃならない」
「この子は関係ない!」
それを聞いた星さんが慌てたように叫ぶ。
刑事さんはそれには返事をせず、片眉を上げただけだった。
「任意ってことは、拒否できますよね? 俺、今忙しいんで」
星さんはそう言って立ち上がるとわたしの手を掴んで歩き出す。
その背中を松崎刑事の声が追ってきた。
「一旦記事が出たら厳しいぞ。それと、畑に注意しとけ」
畑に注意しろってどういう意味?
星さんは振り返らず片手を上げただけでドアをくぐる。
「燿子ちゃん、俺尚也の家に行ってみるよ。燿子ちゃんはサトシについててやって」
「でもっ」
「大丈夫。後でうちの母さんにもサトシのこと頼んどくから、それまで頼むよ」
「さっきの畑って……」
「ああ、警察や監査機関が調べに来る前に誰かがうちの畑に故意に農薬を撒く可能性を言ってたんだよ。大丈夫。こっちは親父に連絡しとくから」
今朝星さんのお母さんに車で送ってもらいながら聞いた話を思い出す。農園は種が風で飛んで交配してしまうのを防ぐ為、あっちこっち離れた所にあって、一つ一つがすごく広い。
いつ誰がどこに農薬を撒くか分からないのに、どうやってそれを防げばいいんだろう。
もし、星さんちの畑から農薬が検出されたりしたら……。無農薬、有機栽培が売りの野菜は売れなくなってしまうだろう。
そして一度失った信用を取り戻すのは容易でないことは想像に難くない。
「星さん……」
星さんの置かれた厳しい状況に、わたしは何の役にも立たない。
「大丈夫だって。そんなに心配しないで待っててよ」
――まだ燿子ちゃんに話してないことあるんだ
星さんは片手を上げて非常階段を駆け下りて行く。
耳を掠めた星さんの言葉に、わたしはその場に立ち尽くしていた。
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