病院_3

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星さんを追いかけることもできず、わたしはサトシさんの病室を探して下の階へ降りていった。 叶夢君はどこに連れて行かれたんだろう。 他の子達は大丈夫だろうか。 自分にできそうなことが何一つ浮かばない。 せめてサトシさんと入れ替わることができたら……。 ぼんやりしていたら不意に肩を掴まれて、飛び上がるほど驚いた。 振り向いた先で松崎刑事が険しい顔で立っていた。 「君にはまだ聞きたいことがある」 最初に会った時もそうだったけれど、威圧感のある声と体格にわたしは蛇に睨まれたカエルのような気持ちになる。 「わたし、……サトシさんの様子を見に行かないと」 星さんと松崎刑事の関係がどれほど親しいものなのかわたしには分からない。 星さんを助けて欲しいと懇願すべきなのか、何も言わずに逃げるべきなのか判断できずにいた。それでも自然と体が逃げる方向に動こうとする。 「一緒に行こう」 松崎刑事は先に立って歩きだす。 わたしはしかたなくその背中を追った。そうしながら、ふと今すべきことに思い至った。 わたしは慌てて松崎刑事を呼び止める。 「あの、叶夢君と叶夢君のお母さんを探してください。もしかしたら危険な状況かもしれないんです」 松崎刑事は立ち止まってわたしを振り返る。 「危険な状況とは?」 「この間叶夢君のお母さんに麻薬を渡した人がさっき病室に来て、その後二人がいなくなったんです」 麻薬、という言葉を使うことに抵抗があったけれど、今はそんなことを気にしていられない。 「君はあの親子とどういう関係?」 松崎刑事は冷静にそう問い返してきた。わたしはそれに対する答えを用意していなかった。わたしが叶夢君と会ったのはサトシさんとしてだ。 花巻燿子は叶夢君とも叶夢君のお母さんとも会ったことはない。ましてあの夜の出来事を知るはずもない、赤の他人なのだ。 「それは、……その」 答えられずに俯くわたしは刑事さんの目にはさぞ怪しい人物と映っているだろう。 「……星さんから聞きました」 顔を上げて何とかそう言い切った。 「星とはどういう関係?」 更なる追求に嫌な汗が掌をじっとりとさせる。 「……、フ、ファンです!」 これは嘘じゃない。 「ファン?」 「は、はい。星さんの描いてる漫画のファンなんです!」 「じゃあ、ファンの君がどこまで星から話を聞いたのか、教えてもらおうか」 ひっ! あまりの迫力に息を飲むわたしの後ろで、今度は違う声の笑い声がした。 「そんなに凄んで、怯えてるじゃないですか」 こちらも聞き覚えのある声だった。松崎刑事と一緒にサトシさんの部屋にきたもう一人の刑事さん。名前は確か浅香さん。 わたしは体格のいい二人の刑事さんに挟まれ、追い詰められたネズミのように身を硬くしていた。 悪いことをしたわけではない、はずなのに、緊張で鼓動が早くなる。 知ってることを全て打ち明けて助けてほしいと言いたいのに、現実的に有り得ない状態で知ってしまった情報をどうやって伝えればいいのか分からない。 もし本当のことを言ったとして、信じてもらえなければ、わたしの言ったこと全てが嘘だと思われる。 そんなことになったら、星さんやサトシさんにどれほどの迷惑がかかるか分からない。 わたしは慎重に口を噤む他なかった。
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