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病院_4
わたしはもうそれ以上松崎刑事には何も言う気にならなかった。
このまま警察署へ行く気にもなれないし、警察がいかにあてにならないかを思い知った。
「具合が悪いので病院に帰らせてください」
運転席の浅香刑事にそう言うと、わたしは窓の外に顔を向けて松崎刑事の方は見ないようにした。
「何勘違いしたか知らんが、事件のことは警察に任せておとなしくしとけよ。議員に睨まれていいことなんざ無いからな」
わたしの怒りを逆撫でするような松崎刑事の言葉に、怒りを通り越して泣けてくる。
車の窓を伝う雨粒を見つめていると、ふるふると震えながら後方へ振り落とされていく雫が、何の力も持たない自分のようだった。
必死にしがみついても吹き付ける風の強さに抗えない。
――星さん……!
目に浮かぶのは何故か野菜のことを熱く語る星さんの顔だった。
窓の外に流れ去る見慣れない景色が、星さんが隣にいない心細さを一層感じさせる。
ポケットから取り出した攜帯電話をタップしてみても、星さんからの連絡はない。
しばらく迷ってから、ショートメッセージを送ってみた。
『尚也さんのお母さんに会えましたか?』
思いがけず、すぐに返信がきた。
『自宅にはいなかった。心当たりをいくつかまわってみる』
星さん、尚也さんのお母さんに会ってどんな話をするつもりなんだろう。
やっぱりわたしも一緒に行くべきだったのではないだろうか。
尚也さんのお母さんが誰かを恨みたいのなら、その相手は星さんじゃない。
事故の時のことを思い出さなきゃ。
わたしが飛び出したせいで尚也さんが事故を起こしたのか、そうでないのか。
それを思い出したところで何にもならないかもしれない。
でも有耶無耶にしたままでは終われない。
半ば意外にも、刑事さんたちはすんなりとわたしを病院に帰してくれた。
連絡先を聞かれ、何度もおとなしくしておくように言われたけれど、松崎刑事の言葉は今のわたしには響かない。
わたしは刑事さんたちを見送りもせず、急ぎ足で自分の病室へ向かった。母に8年前のことを聞くために。
母は手許の携帯電話を覗きこんでいて、わたしが傍に寄るまで気付かなかった。
「お母さん、何見てるの?」
「ああ、耀子。なんでもないよ。それより、用事は済んだの? 少し休んだら? 顔色が良くないじゃない」
母はわたしをベッドに座らせ、備え付けの冷蔵庫からペットボトルのお水を取り出す。
わたしは母の袖を引いて隣に座るよう促した。
「お母さん、あのね、8年前のこと聞きたいんだけど……」
母がゆっくりとわたしの方へ顔を向ける。その顔に浮かぶのは、驚きと言うよりも恐れに近いような気がした。
「わたし、お母さんとお葬式に行った?」
曖昧な記憶を夢を手がかりに遡る。
「バイクの高校生、……わたしのせいで亡くなったの?」
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