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――あ、これ、お母さんの好きなポテサラサンドだ。
母の好きな物を覚えている。そんなことが、今のわたしの支えだった。
迷わずに甘いカフェラテを選び、レジでもう一度サトシさんに心の中で謝りながらお金を払う。
ふと目を向けた先に、ガラスに映る自分の姿を見て一瞬狼狽える。
怒っているのか、哀れんでいるのか。サトシさんの真っ直ぐな目が、その身体の中にいるわたしを見ていた。
わたしより20センチは高いだろう身長。肩幅も胸板の厚さも、何もかもが違う。
ゴツゴツした手は大きくて、顔のパーツの一つ一つも、馴染んだ自分の顔とは少しも似たところがない。
それなのに、手足はわたしの意識に合わせて動き、物を見て、音を拾っている。
もし、このまま元に戻れなかったとしても、わたしはこのまま生きていくのだろうか。
本当のわたしを知らない人達の中で、他人のフリをして。
少し考えただけで、その途方もない苦しみに押しつぶされそうだった。
それに何より、サトシさんの人生を奪ってしまうことになる。
体を乗っ取ったあげく、助けてもらっていながら勝手に人のお金を使う女。
自分がどうしようもなく非常識な人間に思える。
だけど、この体が無ければ、こうして母を気遣うこともできない。
――サトシさん、本当にごめんなさい。元に戻る方法が分かったら必ず体もお金もお返しします
もし戻る方法が見つからなかったら。
わたしは首を振ってその考えを振り払った。
この奇妙で不可思議な体験に意味があるとするならば、わたしはわたしにできることを寸暇を惜しんでやるべきだ。
奇跡は何度も起きない。
会計を済ませてロビーに戻ると、誰もいないベンチに一人座り込む母の姿があった。
――お母さん
思わず、そう呼んでしまいそうだった。
最後にした会話は何だっけ。
――おばあちゃんの誕生日プレゼント、どっちがいいと思う?
――こっちの湯のみとお菓子のセットかな。
――じゃあこっちにしよう。
たわいない会話の断片が過ぎる。それと同時に走ってくる男性の姿がフラッシュバックする。
この人を見つけなくちゃ。
唯一の手がかりだと思われるその人物を、必死に記憶に留めようと思い出す。
それと同時に、あの時の足元を掬われる恐怖が蘇ってきてわたしを苦しめた。
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