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もう一度ガラスに映る顔を見れば、サトシさんの静かな表情の向こうに、泣きそうなわたしの顔が見えたような気がした。
「大丈夫か?」
星さんが窓に向かって立ち止まっていたわたしに、心配そうに声をかけてくれる。
「これ渡してくるよ」
泣きそうなのを誤魔化すように、どうにか笑顔を作ってコンビニの袋を持ち上げて見せ、母のいる方へと向かう。
わたしに気付いた母は、すぐに立ち上がり「娘を助けてくれてありがとう」と何度も頭を下げた。
その言葉を聞くのはわたしではないけれど、サトシさんはこの体の中でそれを聞いてくれているような気がした。
背の高いサトシさんの視点から見る母は、いつもの明るい朗らかな母ではなく、とても小さな頼りない存在だった。
母の側を離れたくなかったけれど、サトシさんの姿でいつまでもここにいるのも不自然だ。
わたしは後ろ髪を引かれながら星さんと連れ立って病院を出た。
夜の湿った空気がまとわりつく。暗い道の先に待ち受けているはずの未来は、まだ小さな明かりさえも見えない。
何度も病院の建物を振り返っていると、星さんの手にバンと背中を叩かれた。
「おまえは助けたんだよ。そんなに心配してもどうにもならないだろ? あとは医者と香織に任せようぜ」
まさか、その助けた人間の魂が友達の体を乗っ取っているとは思ってもいないだろう。
このまま一緒にいたら、いろいろと説明が難しい状況になるかもしれない。
迎えにきてくれた星さんには悪いけれど、なるべく早く一人にならなくちゃならない。
「あのさ、えと、ちょっと急用を思い出して」
サトシさんの車と思われるワンボックスカーの所までたどり着いたところで、そう切り出す。
この車の中で一晩過ごすしかないかなと考えている所で、不意に肩を掴まれた。
強い力で車の方に押し付けられ、サトシさんの目線より少し低い位置から星さんが睨んでくる。
その表情からも、肩に食い込む指の力からも、星さんの苛立ちが伝わってくる。
何か怒らせるようなことを言っただろうか。
驚くわたしに、星さんはさらに驚くことを言った。
「で、サトシの中にいるんだろ? 正直に話さないと二度と自分の体に戻れなくなるけど、どうする?」
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