サトシの部屋_1

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サトシの部屋_1

正直、頭がついていかなかった。 わたしはこの世界の人間じゃないってこと? 何となく、自分の体に戻れば目が覚めて一件落着、そんな想像をしていたのに、帰り方が最早想像すらできない。 星さんの話では、前にもこんなことがあって、その時はいつの間にかサトシさんの中に入った別の魂はいなくなっていたらしい。 最初は多重人格を疑ったらしいけれど、その人の体は実在していて、記憶とか諸々のことが多重人格では説明できなかったのだそうだ。 「その前回の時は、どのくらい別の魂がサトシさんの中にいたの?」 サトシさんのアパートにたどり着いたわたし達は、車のキーと一緒に皮のキーケースに付いていた鍵で部屋に入った。 すごく、散らかっていた。 一人暮らしの男性の部屋に入ったのは初めてだけど、ゴミが落ちてるとか、洗濯物があちこちに散らばってるとかそういう散らかり方ではなく、棚に入りきらなかったと思われる本が無数に小さな山を築いている。 その山が所々で雪崩を起こし、床の面積の三分の二くらいを埋めつくしていた。 「サトシさんて何のお仕事してる人?」 「小学校の先生だよ。今は3年生の担任だったかな」 星さんは慣れた様子でポットにお湯を沸かし始める。 どうりで教科書みたいなのもたくさんある。チラッと捲って見れば、赤ペンでたくさんの書き込みがしてあった。 小学校の先生らしくキレイな文字だった。 「星さんも先生なんですか?」 「いや、俺は家を手伝ってる。農家なんだ」 筋肉質なサトシさんに比べてどちらかと言うと色白で華奢な感じの星さんが農業? 「ネット販売担当」 わたしの考えを読んだように笑ってそう付け足す。 「二人は幼馴染み?」 「うん。幼稚園の頃からの腐れ縁てやつ。そういやあんたの名前聞いてなかった」 「花巻燿子。24歳。今はアルバイト」 星さんは一瞬だけ驚いたように目を見張った。ほんの数秒俯いたこめかみに力が入るのが分かる。何か変なこと言っただろうか。 けれどすぐにそれまでと変わらない様子に戻って話を続ける。 「俺らの一個下か。ところでさっきの質問の答えだけど、一年だよ」 え、一瞬質問したことを忘れていたわたしは、質問を思い出すと同時に絶句した。 長い。 長すぎる。 一年も他人の体で過ごすなんて····· 「サトシは他人のために、自分の一年を無駄にした。ちょうど大学受験の時でさ、そのせいで浪人することになって。馬鹿みたいにお人好しだから、つってもどうしようもないよな。自分の意思で体動かせないんだから」 星さんはカップラーメンの蓋を開けてお湯を注ぐ。 そうだ。辛いのはわたしだけじゃない。サトシさんにだってサトシさんの生活があるのに。 「燿子ちゃんだっけ、俺も協力するからさ、一つ約束してよ」 星さんは怖いくらい真剣な目でわたしを見ていた。 「サトシの生活、壊さないでやってよ。教師はサトシの天職なんだ。分かるだろ?」 それは、わたしにサトシさんとして働けってこと、でしょうか。
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