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「栞は、部活ば入らんと?」
「ん~~、どうしようかまだ考え中やね……弥生は?」
あれから一月が経ち、松葉杖も必要なくなって通院の回数と間隔も日常生活の一部ではなくなった頃、私はすっかり仲良くなった弥生と下校する為に、スクールバック片手に下足場で靴を取り出しているところだった。
「わたし運動音痴やけん、文化系にでも入ろうなぁって考えようとよ」
「あぁ! ぽいね!」
弥生が不貞腐れたようにして、肘で私の背中を小突く(笑)。
「栞は、なんか運動得意そうやね」
「……そんなことなかよ」
履き替えようと下を向くと、まだ装着したままのサポーターが目に留まる。
『こげなことさえなければ……』
そんな気持ちが、また、スッと蘇った。
弥生は私のその横顔を不思議そうに見ながら「そうなん? でも――」と、次の言葉を口に出そうとした、その時、「そこの一年! 部活入っとらんなら、サッカー部のマネージャーばせんね!?」という野太い声が乱入してきた。
私と弥生がその大きな声に驚き振り向くと、そこには、ピチピチのサッカーウエアを身に纏った、体格のいい男子の姿があった。
そしてその男子は私と目が合うと、急に首を傾げて私のことをまじまじと顔を近づけ覗き見る……。
「お前、中牟田か?」
「は、はい……」
「おお!? やっぱり! 俺のことば覚えとらんね!?」
「?」
そういわれて、改めてその男子のことを見てみた。
ソフトモヒカンに、やや吊り上った目。
それに団子っ鼻と日に焼けた……ううん、焦げた肌……なるほど。
「知りません」
「かぁー! 悲しかねぇ!! 一昨年の夏の九州大会で、お前の隣で試合ばしとったやろが!?」
「あ!? もしかして、あの無駄にガッツポーズばして煩か坊主頭の人ですか!?」
「なんか、その思い出し方は……」
「 栞、なんかしよったと?」
「知らんとか? こいつは中学の時、硬式テニスで中々の実力者やったとぞ……しかし、なんでそのお前がここに居っとか?」
「先輩は何でですか?」
私は抉られるような思いを逸らす為に素早く切り返す。
「俺か? 俺は中学でテニスは止めるて決めとったけん、なんか新しいことば高校入ったら始めようと思いよったとよ。で、偏差値ソコソコのこの学校に入ってから……サッカーばい!」
「よく入れましたねぇ……」
私は一歩引いて、先輩の話し方と外見を確かめてから感想をポロリと口にした。
すると、「なんちゅう失礼な!? その詫びとしてよかろうもん! マネージャーにならんね!?」と、九州男児の押しの強さが際立つ先輩の説得が始まり、帰りたくても帰れない雰囲気が立ち込めた頃、「お待たせ。さぁ帰ろう♪」と、聞いたことのない、軽やかな響きのある声が突然廊下から流れてきた。
「――あ!?」
見ると、あの日あの公園で壁打ちをしていた少年が、私達と同じ制服を着て澄まし顔で立っていた。
「ん?……誰ね?」
先輩がジロジロとその少年を値踏みするかのように、上から下まで目を行ったり来たりさせる。
そして、先輩も私達もそうだったが、最初にパッと目に映したのは、やはり頭だった……そう、少年の白髪に目が行った。
〔奇異の目〕という程ではないにせよ、やはり違うものに対して、人というのは敏感に反応するようだ。
『私も脚を見せたら、こういう感じで見られるんやろうね……』
違いのある人間として相手から見られて、それぞれ見た人なりの心の処理をされてしまう……。
今の私にとってそれはとても辛いものだし、それと同時に、一瞬でも少年に対してそういう反応をしてしまった自分が、情けなく思った。
けれど少年はそんな私達の視線など一向に気にする様子もなく、「僕は、1-Aの甘露寺かなたと言います♪」と、私達よりちょっとだけ高いぐらいの身長で先輩を見上げて爽やかに答える。
「俺は小永吉慶太たい……で、中牟田達の、なんね?」
そこでその少年、甘露寺かなたは私をチラリと見たあと、「えぇっと、彼女の彼氏です(笑)」と、サクッ♪ と答えた。
「…………はぁぁぁぁっ!?」
私は数秒の間、〔彼氏〕という日本語が理解出来なかったのだけれど、彼の言葉が咀嚼できた途端、飛び出してしまいそうになるほどに目を見開いた!
「なん、彼氏ね。別にナンパしとるわけじゃなかけん、ちょっとあっちで待っとかんね」
あっさりと納得した小永吉先輩は、話を続けようと私達の方へ向き直る。
「でも嫌がってますよ? 止めてあげた方がいいんじゃないでしょうか?」
私はさっきの問題発言について、片手を伸ばして、この二人を交互に指し示しながら抗議する。だけどショックの余り口だけを魚のようにパクパクと動かして声が出ていなかった……あぁ、指先が震える……。
「栞……大丈夫ね?」
弥生はキョトンとした表情で私に声を掛けてくれる。けれど硬直してしまった体の所為で、弥生の方を向くことすら出来ない(涙)。
「せからしか男やね。そんなに自分の女の前で恰好つけたいとやったら、俺と勝負ばせんね」
先輩は如何にも面倒臭そうに、甘露寺かなたへ吐き捨てるようにそう伝えた。
っていうか、ちょっと先輩。どんだけ短期なんですか?(汗)
「でも僕、サッカーとかバスケットとか苦手だし……」
甘露寺かなたは先輩のウエアを確認しながら、困ったようにボソッと呟く。
「運動やったら大概できるけん、なんでもよかぞ」
「そうですか……じゃあ、テニスでもいいですか?……硬式」
「はっ!? テニスでいいとか!? お前、こう見えても俺はテニスが一番得意とぞっ!?」
先輩は呆れたように笑ったが、甘露寺かなたは「お願いします♪」と一礼して、背中に背負っていたラケットケースと赤い布地のシューズケースをスッと先輩に見せつける。
するとそれを見た先輩は「おー、準備よかやっか」と薄ら笑いで讃えて、「道具ば取ってくる」、そう言って直ぐに動き出し、そして場所を移すこととなった――。
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