Re:勇気×人間×コン×テス×ト

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勇気#1  異世界って、もっと主人公に優しいと、そう思ってました…… 「……」  いや、まだ異世界と決めつけるのは早いよ。 ボクの記憶は、家近くのコンビニ前でミニソフトをすするように舐めながらぼんやり佇んでいたら、そこにいやに鮮やかな黄色のミニバンが明らかにアクセル/ブレーキを間違えた感で突っ込んできた、そこまでしかないし。最後の視覚情報は驚いた顔のまま固まる運転席のお爺さんの像だ。  ボクの脳みそがバグって見せている夢か幻覚か、それである可能性はまだ充分ある。  自分にそう言い聞かせるかのように思うボクだったが、五感に感じる全てが、これまでの日常と変わらないほどのクリアさ/リアルさをもって今この瞬間も漂うように絡みつくようにいることについての説明がつかない。身体はどこも痛くはなく、ぴんぴんしてる。  異世界。言葉にすると最早新鮮味も薄れかけなその響きに、しかし自分が正にそこに放り込まれ気味に転移したのなら、どう飲み込むべきか迷うことこの上ないわけで。  何の能力も与えられないまま、素立ちの真顔状態でこの「世界」に送り込まれたらしきボクは、さしたる説明も受けないまま、ただただ辿り着いた街がちょうど「祭り」の時期だったようで、よく分からないノリで、その年の「最大勇者」を決めるイベント的なものに、強制参加させられたわけで。  そしてあれよあれよと勝ち進み、遂に「決勝」まで勝ち進んでいるわけで。  この世界に来てからは常態となっている真顔のままで、ボクは歓声とどろく決勝の舞台でただ立ち尽くしている。  ボクの名前は、|結城(ユウキ) |倫人(トモヒト)。  平凡だった人生に、望んでない修羅場/鉄火場を提供された、哀しき高二:16歳です。 勇気#2 「リントぉっ、まったくお前ってやつは大した男だぜ!!」  そんな鏡面のように凪いだメンタルのボクに、往年のハリウッドばりの上っ面だけを撫でるようなセリフ感満載の言葉をかけてきたのは、ひと目オークとかと間違いそうになる外観の、でっぷりと太ったおっさんだった。  「この世界」に到来して右往左往していたボクに、何やかんや世話を焼いてくれたヒトではあり、それは感謝してもいいかなと思いつつも、やはりことはそう単純では無かったのであり。  よく回る口車にあらよと乗せられ、気付いたらこの「最大勇者祭り」とやらに参加させられていた。優勝者には莫大な富と栄誉が与えられるとか言うけど、何でこのボクが。  頭と腹に響くほどの歓声は、野球場のような、いやもっと的確に言うと「コロッセオ」のような円形をした、かなりの大きさの「場」の四方八方に反響している。 「ぐへへへ、あと一つ勝てば、お前さんと俺っちは晴れての超絶大金持ちよぉ、ぐぇっへっへっへ」  よくそんなテンプレ感溢れるセリフ調で喋れるな、と思いつつ、なぜ言葉がすんなり通じるのか、そんな疑問はいまだにある。  ま、異世界に転移するくらいだ、言語野の書き換えくらいすんなり起こるものなのだろう。でもそれ以外はゲーマー帰宅部高校生のままの身体能力だし、特殊な能力を授かったという自覚もない。  何ならむしろ運動野とか、特殊能力野(あるのかは不明)をいじくってよ、とここに来てから何度も思ったけど、それはもう諦めているわけで。  「コロッセオ」と、もう便宜上そう呼ぶけど、円形の石造りの闘技場の盛り上がり方はものすごい。人が、あ、まあヒトならざる者っぽいのも結構いるな……が、ぐるりを巡るスタンドを埋め尽くしている。そして怒号のような狂乱の叫び。  トラックの無い、サッカー専用の競技場、スタジアムくらいの作りと広さかな。そのグラウンドに位置する所には黄土色っぽい土が一面に撞き固められている。さっきから何度もそこに降りて戦ってはいるけれど、結構、砂ぼこりは舞うので目や喉にくることこの上ない。 「リントちゃんよぉ~、お前さんの『ニューウェーブ』な『勇気力』。俺っちはほとほと感心してるんだぜぇあ~。正に異次元。俺ら凡夫たぁ、住む世界が違うっつーか」  この丸い男は、ほんとに口調が定まらないな! 揉み手気味でボクを調子よくおだててくるけど、まあ、元から住む世界は違うからねぇ。  「トモヒト」と名乗ったものの、「……トゥトトゥ、とぅぅぅむ? ふふふぃぃぃと?」みたいに発音しづらかったのか、ボクの持ち物を勝ってに探って「結城 倫人」の名前を見つけると、 「おおー、『リント』!! こっちの方が呼びやすいなぁ、よぉぉぉし……今日からお前は『リント』だよ……ッ!!」  よく分からない口調でそう告げて来た。誰だよ。そしてなぜ漢字が読める。  こうして「ユウキ リント」という、ギリギリを攻める名前に落ち着いたボクは、その名前でこの「大会」らしきものにエントリーされていたわけで。 勇気#3  このどえらい大きさの「コロッセオ」が、どんとその中心部にあるらしいこの街の大きさとかは正確には分からなかったけれど、えらい人出、えらい活気だ。街を上げてのお祭り……とかなのだろうか。元の世界の地元ではこれほどの規模のものは無かったので、新鮮だ。 さらにその祭りイベントの目玉らしいこの「最大勇者祭り」(と言ってたけど正式名称は未だよくわからない)に至っては、もう何に対して歓声や怒声を上げているのかも分からないほどの混沌さを巻き孕んでいる。その熱気に呑まれるようにして、僕も少しは高揚してくるかと思いきや、あまりそういうことも無かった。 とにかく、  肝心の試合は「一対多」のパーティバトル形式であって、つまり「対象」となる「敵」が一匹、闘技場に配置され、それを4人とか5人の参加者で囲んで討伐する感じ。  ……なのだけれど、審査は個々人の「勇者ポイント」とやらによって為されるということで、要はその敵、いわゆるモンスターじみた奴らなんだけど、そいつらとの戦いの中で、いかに「勇者的行動」を示せるかで、そのパーティ内での勝者が決められるという、何とも言えない上に、何を目的としているのかわからない形式のバトルなのであって。  第一戦の相手は、スライムだった。  いやあの、ぽよんとした質感の愛嬌のある顔立ちの奴では無く、無機質極まりない、動く汚泥のような愛想のないモンスターだった。  ホラー映画に出てくるような、「見えない恐怖」みたいな感じで、無生物だと思ってたのが意思ありそうな動きをしてくると本当に怖い。それも最大限に広がると六畳くらいはありそうな巨大さだ。  どうすんだよこれぇと思ってる間もなく、ボクの隣から、裂帛の気合い声と共に、戦士然とした屈強なヒトが、金属アーマーを揺らしながらそのスライムに突っ込んでいった。  それが合図なのか呼び水になったのか、一列に並んだ「参加者」から「炎」が放たれたり、ナイフのような飛び道具が宙を舞ったりしたのだけれど。  軟体質の身体を瞬時に縮こめると、濁った吐瀉物のような色をしたスライムは、それらを全て跳ね返したり受け流したりと、意外な器用さであっさり凌いでいた。  ええ……もしかしてこいつ相当強いんじゃね? どうも名前からは最弱のイメージがつきまとうけど、間近で見るその「静」の迫力のようなものにボクはたじろいでしまうばかりであって。  それでも、「もし初戦で負けて一銭も得られなかったとしたら、お前さんをしかるべきお肉屋さんに売り飛ばさなくちゃあならねえ……」と、例の丸男がその時だけやけに神妙に告げてきたのが逆に戦慄だったボクは、やぶれかぶれ感満載で、手にした鎖鎌を振り回しながら、自分の背丈以上あるその化物に向かっていったわけで。というか、もっとスタンダードな武器あったでしょうが。何かこう、グルグル振り回す方の扱いが非常に難しいから!  この時点で明らかに後手を引いていたものの、迫る灰色のスライムに向け、先手必勝! っとばかりに自分に気合を入れつつ、ボクは鎖鎌の分銅を投げ放ったのであった。  でも、元の世界にいた時からそうだったけど、ボクには度し難い「アンラッキー気質」が備わっていて、大抵のハプニングがさらなる窮地を呼び寄せてしまう、そんなインフェルノな人生を、青春を、今まで送ってきていたわけで。  異世界でもそれは忠実に引き継がれていたようだ。踏み出した左足が「偶然」、スライムの飛び散った残滓を捉えてずるりと滑り、分銅はあらぬ上空へ向けてすっぽ抜けていくと共に、予想外の方向から引っ張られたことで思わず鎌の方もボクの左手から抜けてしまったわけで。  高々と、無駄に虚空に向かって小さくなっていく唯一の得物を目で追う間もなく、勢い付いたボクは真顔の丸腰のままで、目の前に迫る壁のような灰色の軟体ボディに向けてあえなく、つんのめるように突っ込んでいくほかは無かった。 <何とォォォォォッ!? リント選手っ、己の生命線である武器を放り出してしまったぞぉぉぉっ!! ……解説ウガイさん、これは一体?> <……所詮、武器や魔法に頼った勇武などエセ……そう痛烈に批判をしているかのような行動です。非常に興味深いですね>  実況と解説らしきヒトたちの声が響き渡るけど、いや違うってば。 「わあああぁぁぁぁぁぁぁっ!!」  声だけは馬鹿みたいによく通る、と言われるけど、その分、悪目立ちもするいい感じの叫び声を漏らしながら、ボクは眼前に広がった、スライムのものすごく冷たくて、ありえないほど気色悪い、そのゲルとゾルの中間のような感触に包まれていく。  底なし沼のような、五感をまるごとパッケージされるような感覚に、根源的な恐怖を揺さぶられたボクは、口の中にまで入り込んでくるその生臭い餅のような感触を吐き出しながら、声を限りに叫ぶのであった。 【タタタタスケ、タスケテヤスゥゥゥゥゥゥァァァァァァァッッッッ】  その時、奇跡が起こった。 勇気#4  叫び声を発するボクの身体を包み込んでいた柔らかい質感が、蠕動するように不気味に動いてからゼラチンのように固まった感覚に変わると、スライムの身体が、まるで巨大なサイコロみたいな形状へと、変化を遂げていた。え、何これ。  そして、たまらず浮き出てきたように見える、ちょっと赤みがかったバレーボールくらいの球体が、その立方体のゼリーの中でボクと対峙する。刹那、 「!!」  上に放り投げていた鎖鎌が落下してきて、その三日月状の刃が、「球体」を真っ二つに割ったのであった。この間、数秒の出来事(だったらしい)。 <ああーっとぉ!! コアをっ、破壊!! まさかのKOぉぉぉ、だッ!! ……ウガイさん、この戦術は……?> <……『音波魔法』とでも呼びましょうか……、いにしえの呪法にそのような記述があった……ような。とにかく、自ら敵の内部に入り込み、そこから防御不能の音波振動撃を与え、落下重力も加えた投擲武器の時間差攻撃で仕留める……これは勇気も勿論ですが、緻密な計算も必要な、正に『勇者』の戦法……っ! 我々はいま、新たなるヒーローの誕生を目の当たりにし> <ともかく凄い評価だッ、リント選手っ!! 『10,295ボルテジック』!! ……五桁は初めて見たぞッ、圧勝だぁぁぁぁぁぁぁっ!!>  硬直して脆くなったゼラチン質の立方体の中から、何とか泳ぎ掻き分け這い出してきたボクを待っていたのは、何万人かくらいが巻き起こす、歓声の渦だったわけで。  何かが、変わり始めている。アンラッキーの申し子たるボクが、今まで貯めていた幸運の死蔵金を一挙に引き出しつつあるのか、異世界だからあらゆる事象が反転してもありでしょありがちでしょみたいな投げっぱなしの設定がハマったのか、それは分からないけど。  そしてもうひとつ。あまり出ていない喉仏あたりに、ボクはそっと手をやってみる。 「声」……にも何かが起こりつつあるのでしょうか。  そんなこんなで初戦を何とか勝ち抜いたボクだったけど、その後もやはり幸運神のご加護を受けているとしか思えない試合が続いたわけで。  次のスケルトン戦では、またも襲われる恐怖に反応して飛び出た「叫び声」が、敵の骨格の「繋ぎ部分」らしきところの魔力的接着をバラして、あっさりとKO勝利した。  そしてその後も、オークや、ミニドラゴンや、アーマーナイトでさえ、ボクの放つ謎の「音波」攻撃にあらがう術を持っていないという、無双状態にあって常に敵を屠るというスタイルで、次々と勝ち進んでいくのであった。  うん、まあおよそ「勇者」の立ち振る舞いでは無いけどね! だいたい毎回がとこ、すっころんでは、敵に肉薄され、それによって絞り出される恐怖の叫び声で、何とか形勢逆転をするといった展開であるわけで、意外性もそろそろ無くなってきたような黄金なるワンパターンがこうまで続くと、観客のみなさん……ひいては「評価者」の方々に飽きられ始めるんじゃないの? という恐怖の方が強まってきているわけだけど。  この世界の人たちには、それが新鮮に映るらしい。  自ら望んで窮地を呼び込み(あくまで不可抗力なんだけど)、それを緻密に練られた(完全に偶然)策で打ち破る。それを「勇気」と評していただけているようで。しかしそれがいつ破綻するかは分からないわけで。  次は決勝だ。何でも最後は途轍もないクラスの魔物を召喚するとか言ってた。今度こそヤバそうな雰囲気を感じ取ったボクは、丸男に棄権の意をほのめかしてみるものの、 「リントちゃぁ~ん、次勝てば、五年は遊んでくらせるだけのカネだぜ~? いけるいける、今のお前さんなら簡単なことよぉ」  聞く耳持たなかった。そしてどうもこの男にだけはボクの本質的なものが見抜かれているらしく、逆らったら例の店に売り飛ばされそうな恐怖を、その目の座ったでかい凶悪な面に感じ取ってしまい、それ以上は何も言えなくなるわけで。 勇気#5  意を決し、ひきつった顔のまま、決勝の舞台に立つ。  なかば強制、みたいな感じだったけど、実はボク自身、高揚でテンションがどうにかなっちゃってる部分もあった。  今までの人生を振り返ってみてもロクなことが無かったボクが、このどこかは分からない世界なんだけど、大勢のヒトたちの声援を受け、熱狂を与えることが出来ている……世界の中心に自分がいる感覚、いや、意味不明かもだけど、もっと言うと、自分の中心に自分がいる感覚。人生に、生きることにピントががっつり合った、そんな感じ。  どうせ失うものもたかが知れてるし。だったらここ一番で燃焼してやるっ、と、はからずもその一発屋的メンタリティは、この世界で言うところの「勇気」なるものに、なぜか似ていたり、直結していたりもするわけで。  やまない歓声が降り落ちてくる「コロッセオ」のいちばん低いところに位置する、戦闘のフィールドで、ボクは妙に落ち着いた気持ちで最終戦の始まりを待つ。あれ何か余裕が出て来たかも。  周りに目をやって、他の面子をちらと見てみる。三人が三人とも、いろとりどりの髪をおっ立てたり、揺らせたりしている、細面のイケメンたちだった。装飾を盛れるだけ盛った鎧に身を固めていたり、ばかでかい宝石が嵌まった剣を携えたりして、うおおおお、と熱血な感じで気合いをいれていたり、余裕でフッとか鼻で笑っていたりするけど。  ……「勇者」像がかなり古いというか、それでも残るのはこういった人たちなのか。  自分がその「時流」に乗れてない感にいささかの不安を感じつつも、ボクは自分の相棒、薄汚れた鎖鎌を、身に着けたザ・平民服といった感じの上着の裾で少し擦ってみたりしている。 <最終決勝がっ!! 正にいま、始まろうとしています!!>  実況の人のよく通る声が、狂騒の中、響き渡っていく。どの道これで最後。その後の身の振り方とか、元いた世界に帰れるのかとかは分からないけれど、お金はあるに越したことはないよね……  これ自体が壮大な夢の中での出来事である、という儚い思いもいまだ引きずり続けている僕は、どうせやるならやってやれぇい的な考えに至っている。  しかして。そんな細い決意は次の瞬間、あっけなく、ぽきり折られるわけであって。  フィールドには、何人もの術士っぽいヒトたちが、先ほどから巨大な円形の紋様を素早く、そして精密に描いていたんだけど、描き終わりと同時くらいに、そこからコロッセオの吹き抜けの上空に向けて、青と黄色が混ざり合ったような色の光がぶち上がった。  凄まじい光の奔流と、そして音。思わず耳穴を指で埋めてしまうほどの大音声に、周りを包んでいた歓声も一瞬やむ。そして、 「……」  光が収まったところには、禍々しさが寄り集まって混沌を為しているかのような、何体かの化物の集合体のようなモンスターが鎮座していたわけで。  肉食草食問わずの獣っぽい外観のものから、軟体質のイカみたいなやつ、巨人の顔だけみたいなものが、ごてごてと積み重なっていて、モンスターの身体を無秩序に繋げましたよといった感じのフォルムだ。はたまた甲殻類的な巨大な目も飛び出していたり、昆虫然とした薄い羽根も生やしていたりで、ひと目カオスな感じの不気味さとヤバさが同居している。  これ呼び出したらあかんやつじゃね? との思いが、周りの焦燥を見るにつけ、ボクの中で確信の色を帯びていく。いや帯びとる場合ではないけれど。すると、 「ココココ……わらわを呼び出すとは、愚かなる者どもよ」  いきなりその化物から若い女性の声が飛び出した。テンプレ気味ではあったけど、見た目にそぐわない美しい声だ……いや、よく見ると怪物の中央部には、様々な肉に挟まれるようにして、ひとりの女性と思われる人の、肩から上が突き出しているのがわかった。  金色の長い髪はそれ自体が光を発しているかのように輝いていて、妖しさと美しさの同居した紅い目は、見ていると引き込まれそうだ。抜ける白い肌は清らかでなめらかそうで……いや、駄目だ駄目だ、あっさりとその魔力的なものに引っかけ上げられようとしかけていた自分を慌てて押し留める。 勇気#6 <こ、これはっ……!! 伝説の魔神、ガラクネスト=アロナコ=フゥゾでは……っ!? 何という偶然、何という災厄ッ!!お、お落ち着いて行動をっ!! みなさんっ!!>  いちばん落ち着いてない実況のヒトの声に、場のどよめきは最高潮になってしまっているわけで。歓声はいまや怒号や悲鳴に変わりつつある。  コロッセオの真ん真ん中にいきなり現出した、その「化物」の姿に本能的な危機感/恐怖感を感じ取ったのか、観客の皆さんの中で逃げ出そうとする人のうねりみたいなのが起こっているのが見て取れるけど。ええー。  しかしフィールドに残された「勇者」の皆さん方は、意外と平静を保っている。 「くくく……こんなところで出会えるたぁ、俺もツイてる。このSSR級の魔物を狩れば、一躍『世界勇者』にのし上がれること間違いなしだぜぇ……へへへ」  テンプレ級の台詞をのたまわってる隣の熱血くんだけど、あっるぇー、やっぱこんなタガの外れたテンションの奴しか、この場には残ってないんだね~と、ボクは軽く白目になりつつも、自分の逃げ道を探すために無理から黒目を下げて周りの様子を伺い始める。 「……悪しき者の手から、善良なる人々を守る。それこそが『勇者』」  またその隣のクールイケメンが自分に言い聞かせるように呟くけど、おお、こちらは流石落ち着いてらっしゃる。 「……俺に、続け」  さらに隣の寡黙系が、無表情のまま、ごつい剣を振りかぶり、前触れ無しで突進を始めた。 それを機にボク以外の「勇者」さん三名様は一斉に、20mくらいしか離れていない「化物」目指し、それぞれ間合いを詰めていく。 <ああーっとぉ!! アルス選手、バロゥ選手、キグナ選手っ!! 三者三様に、目標に向かっていくぞぉぉぉぉぉっ!! 『魔神』に対しても一歩も引く様子は無いっ!! これぞ勇気ッ!! これぞ勇者ァァァっ!! そして我々実況と解説は、この非常事態にも職務を放棄することはないのです……ッ!! これもまた『勇気』……我々もまた、『勇者』……なのかも知れません!! どうですか解説ウガイさん? あれ? ウガイさん?>  こんな状況でも、実況のよく通る腹からの声は脱帽ものだけれど、解説の人はとっくにずらかっていたようで、ボクは一体どうすれば。  とりあえずは乗り遅れないように、先頭の人に追いつきすぎないように、小股で走り始める。何かあったら即・離脱。それだけを頭に叩き込みつつ。  「目標」が近づいて来た。やばいオーラみたいなものが肌を嬲ってくるよ。全・毛穴を後方へと一斉に引っ張られている感じ。と、 「……ココココ、生きのいいのは好みだよ」  「魔神」と称されていたそのカオス集合体みたいな巨体の真ん中で、先ほどの金髪美女がすさまじく妖艶な笑みを浮かべているよ怖いよ……。  三勇者は常人場慣れした体裁きで「魔神」から弾け飛んでくる「触手」みたいなものを躱し、いなしながら接近していってる。すごい……!! これはいけるかも。しかし、 「お前らッ!! 相手が相手、今は共闘だッ!! 奴の気を引いてくれっ」 「……いや、私の必殺を撃ち込む。貴様らは左右に散って囮になれ」 「……俺に、続け」  ああー、やっぱりそうか!! 我ぁ強いのが勇者の基本メンタルだもんねー、と、チームワークは最低の面々を見やり、じゃあボクがこのパーティをうまく取り仕切れば? との考えに至る。 「!!」  至っている場合じゃなかった。「魔神」はこちらの力を推し量っていたのだろうか、触手の動きが今までの単調なものから、トリッキーでランダムな感じに瞬時に変化すると、三勇者の思考をも読み切っていたかのような動きで、それらの身体を容易く絡めとってしまう。いともたやすくあっさりと。  だ、だめだこりゃあ……全く相手にされてないよ。なす術も無く引き寄せられていく哀れな先人に敬意を表しながら、身をひるがえし華麗なる敗走をキメようとしていたボクの右ふくらはぎ辺りにも触手が巻き付く嫌な感触が。 「コココ。『勇気』とかそういう強い指向性を持った思考が、わらわは大好きじゃ。それを混沌の中に呑み込んで、何やらわけのわからぬものに作り変えた時に、無上の快感を覚える……」  ミズサイコな発言だったが、それをあっけなく実現してしまえる力を持っていそうなだけに、ボクの恐怖は止まらない。止まらないのは身体の方も同じくで、ずるずると抵抗のかいなく引きずられ、どんどん化物の方に引っ張られていくよ、あかぁぁぁぁぁん!! 「うおおおお……っ!!」  目の前では、熱血、クール、寡黙の順に、次々と「魔神」に取り込まれていっている。そして次の瞬間には、その巨体のどこかしらに、グロテスクな質感を伴って面影を残したまま生えてきているよ。はや……こわ……。 「!!」  引っ張りが強まった。く、喰われる。最後に残ったボクの身体のあちこちも既に拘束が済んでおり、もはや宙に浮かばせられた状態だ。無駄に滑らかに体が引き寄せられていく……っ!! 勇気#7  こんな、ワケの分からない世界で、ワケの分からないまま、死ぬのか。  まだボク若いのに……異世界だったらおっさんになるまで生きたかったよ。そして追放されるまで生きたかった。  ボクの脳裏を滅裂な思考が埋め尽くしていく。走馬燈のようで、そうでない。そして、  ボクが最後に思ふこと、それは最近の時流のことでは無かった。時流を深く愛していたし、尊敬もしていたが、ふと沸き上がった想念に、壮年の云々は吹っ飛んでいた。  女の子と、付き合ったことも無いのに……ッ!!  死を前にして思うこと、それは性だった。いまわの際まで健康体だったのなら、しょうがないことだよね……  眼前に迫るのは、「魔神」と呼ばれるほどの力を有しながら、妖艶かつ美麗な女性の外見をも有している物体。そうか、じゃあもうそれを女性と認識してしまえばいいんじゃないか?  これで最後なら、滾り切った思春期のエネルギーを蒼天に届くくらいまで装填し、果ててやる。肚は、決まった。 【ふおおおおおおおっ!!】  腹からの魂の叫びは、実際にボクの声帯を震わせると、奇跡を起こすのであった。 「んん? お主は良く分からないが、ぶっ飛んだ思考を持っておいでだねえ。よいよい、初めて食すモノというのはいつだって心躍らされる……」  目の前には金髪の美女が、ボクにそんな熱い視線を送っているよ……いける。何だか今日はいけそうな気がする……ッ!! 【……アナタガ好キデソォォォォォォォォッ!!】  瞬間、自分の身体をも震わせる大音声が、ボクの喉奥から放たれた。 「……ええっ?」  途端に金髪美女の表情が、可憐な少女のものに変わる。突然のことに戸惑い、顔を羞恥に赤らめながら。  効いてる……本当にいけそうな……さらにボクは肺いっぱいに息を呑み込んで続ける。 【アナタノコトカァァァァア、ダイッ、好キデソォォォォォォォォッ!!】 「ちょっ……!! 何言ってんのよバカじゃないっ!?」  引いたぞッ、推定確率0.02%の絶滅危惧級|希少種(ツンデレ)をぉぉぉぉぉっ!! だったらボクはっ!! 日頃の疑似プログラム相手のシミュレーションの成果を見せるだけだッ!! 【イツマテモォォォォォォッ!! 変ワラナイテェェェェェェェェェェッ!!】 「あ、アンタなんか……っ、アンタなんかぁ……」  怒りのような照れのような最高の表情を見せながら、「少女」はいつの間にか出していた両拳を握りしめて、わなわなと体を震わせているけど。 【死ヌホトォォォォォォォッ!! ……好キダッ、カラァァァァァァァァッ!!】 「!!」  ボクの最後のひと押しで、泣きそうな真っ赤な顔になると、堕ちた。そして次の瞬間、化物然としたボディからするりと抜け出た全裸の美女は、素早く駆け寄ってくると、ボクの身体をきつく抱きしめるのであった……  勝った。全てに勝ったよ、父さん。  コロッセオの観客席および実況からは、ええ……という腐った溜息のような声が降り落ちて来るけど。文句があるなら、このアロナコちゃんに食わせますよ?  こうして。  「勇気」とは何だったのかという、壮大な未回収感を残し、「祭り」は終わるのだった。 一旦は「勇者」に成りあがりかけたボクは、魔神と共に世界を統べる存在へと駆け上がっていくのだけれど、それはまた別の話だ。  ボクたちの冒険は、これからだぜっ!! (終)
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