冷たい指先と涙味のキス

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 誰もいない放課後の音楽室は、夕闇(ゆうやみ)の色。水色のベールを(まと)ったブラッド・オレンジ。独りピアノを弾く少年は物憂(ものう)げに目を伏せ、扉が開く音も、足音も聞こえずに没頭した。芸術家肌の()(しょう)で集中力が高いのだろう。 「ねえ、そこ、違うよ。こうじゃないの?」  不意に、仔猫のように甘えたな声がする。考え事に耽っていた(しゅう)は、(ようや)く顔を上げた。  小さな手の華奢(きゃしゃ)な指が白黒の鍵盤の上へ、紋白蝶(モンシロチョウ)(はね)を休めるように、そっと降りる。少年の指より正確に譜面通りの旋律(せんりつ)を奏で、聡明な瞳をした少女は軽妙に笑って(ささや)いた。 「どうして、こんな古い曲、知ってるのさ」  ぽかんと口を開いていた彼は、唇を結ぶ。起こった照れ臭さからサッと目を逸らした。爪を噛む癖で、ギザギザした爪の先を弄る。他愛(たあい)ない詮索(せんさく)には答えずに、はぐらかした。 「さあね。(みなみ)君こそ。どうして、ここへ?」 「いいじゃない。たまたま。仲間に入れて」
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