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居場所
あの日初めて食べた美味しいやつにつられて、狭くて固い場所に入ってしまった。覚えのある感覚に身震いがする。これは確か、臭くて痛いことされる場所──病院とかいうとこに連れて行かれる時に入るやつだわ、と気付いた時にはもう遅かった。
くるりと方向転換した鼻先で、ぱたん、と扉が閉まって出口がなくなる。
(だーしーなーさーいーよぉぉぉぉっ)
暴れて鳴いても、宥める声しか落ちてこない。
あそこは嫌いなのよ、と何度鳴いても出してはくれないまま。鳴き疲れて踞っていたら、不意に覚えのある匂いがして狭い箱の中でむくりと立ち上がった。
(咲直のにおい)
すんすんと鼻を鳴らしていたら、ぱかん、と上の扉が開いた。
(病院……じゃないのかしら……)
様子を伺おうと思ったのに、それよりも早く知らない誰かに抱き上げられて、そっと床に下ろされた。
知らない場所なのに咲直の匂いしかしない。
(どういうこと……?)
とりあえず箱の側から逃げようとパタパタ走ってみたら、そこに咲直がいた。
ポカンとしながら見上げた先で、咲直が嬉しそうに笑って瞬きする。
(──あたしだって)
そうよ。あたしだって……あたしの方が、あんたを大好きなのよ。
ずっとずっと待ってた。あんたにまた会えるのを。またあんたの傍にいられる日が来るのを、ずっと待ってたの。
そこまで思ってから、気恥ずかしくなってばひゅんと部屋の隅にダッシュした。
前いたところとは少し違うし、お父さんもお母さんもいないみたいだけど。ちゃんとトイレもお水も置いてあるし、ふかふかのお布団もある。
ここでまた一緒に暮らせるのかしら。
そっと乗っかってみたクッションが意外とあたし好みの柔らかさでついついモフモフしながら、じぃっと咲直を見つめてみる。
知らない誰かと話をしている咲直が視線に気付くことはなかったけれど、咲直がそこにいるだけでもう何もかもが大丈夫だと思えるから不思議だ。
満足するまでモフモフしたクッションの上で、のっしり寛いでみる。
(悪くないわ)
んふふ、とクッションを堪能していたら、知らない誰かはいつの間にか居なくなっていて、咲直が真っ直ぐにあたしを見つめて瞬きした。
「今日からよろしくな、ジャンプ」
あんたはもう、二度とミミとは呼んでくれないのね。それでもまぁ、いいわ。あの姿だからこそ、ミミって名前が似合ってたんだもの。今のあたしはどうせ牛。ミミは勿体ないわね。
くぁ、と欠伸が溢れる。どうでもいいのよ、結局、名前なんて。あんたが「あたし」を呼んでくれるのなら、それで──それこそがいつだって、あたしにとっての幸せなんだから。
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