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「図書館司書を閉架書庫に連れ込んで一体何をしてるわけ?」
わたしはついそんな言葉が口をついて出てしまった。穏便に事を運ぼうとしたのに。どうしてこうなってしまったのか。自分でもよく分からない。東城誠はニヤニヤと――他の女子学生が見たら幻滅するかも? な笑みで――こちらを眺めている。その笑顔がとても癪に障った。
「へー君見てたんだ」
見られてはいけないものを見られたのはそちらのはずなのに、そういう言い方をされると、こちらがなんだか悪い気がしてくる。
いやいや美鈴、こんなところで引いてどうするの? わたしはそう言い聞かせて自らを奮い立たせた。
「質問に答えて」
「なんでそんなこと言わなきゃいけない? 君、俺の友達でも何でもないよね。相良さんと仲がいいってわけでもなさそうだし、興味本位で人のことに首を突っ込むのは感心しないけど。じゃあ俺これから授業あるから」
至極真っ当なことを言って東城誠は去っていった。当たり前のことを真面目な顔で言ってきた彼に子供扱いされた気がして、わたしは苛立ちをますます募らせるのであった。 わたしは以前にも増して、図書館に通うようになっていった。 何て言うか張り込みの刑事の気分だ。それかマスコミ? まあどっちでもいいんだけど。あそこまで言われたからには、はいそうですかと引き下がるのは、わたしのプライドが許さなかった。
あれからもわたしに言われたことを全く気にする様子もなく、東城誠は相良さんといっしょに閉架書庫に入っていく。そんな姿を数回は見かけていた。
下世話だと思うんだけど、どうしても気になる。 絶対相良さんも妖艶な笑みって感じじゃなくて、キラキラとした感じの笑みだし、絶対悪い気はしてないと思うんだけどなー
そんな風に思うこと数日。図書館に向かう途中で、わたしはすごい大声を図書館の方角から聞いた。わたしは走ってそちらに向かっていった。何が起こったんだろう? わたしは野次馬根性を抑えることなく、そのまま急いで図書館に向かった。
そこで見た光景は、相良さんが貸出カウンターで困ったように一般客を見ている様子だった。貸出カウンターの前にいる一般客は、30代くらいの男性のようだ。
体育会系という感じで、みるからに図書館にはそぐわない。わたしは何となくその光景に嫌な予感を感じて、カウンター奥の図書館事務室の方や、書庫の方に他の司書さんがいないか探すが、居る気配すらしなかったし、よくよく図書館事務室の扉に貼られている表を見ると、他の司書さんは外出中のようだった。
「本当に、この度は申し訳ありませんでした!」
凄い大声でその男性は叫んでいるが、自分がどれ程この場にそぐわないのか分からないのだろうか? 相良さんが「止めてください」と言っているのに、全然それを聞いているようにも思えない。
わたしは、図書館でのマナー違反をしている一般客に耐えられなくなり、思わずこう言った。
「澤田先生から頼まれていた本もらいに来たんですけど」 勿論これは嘘だ。澤田先生から頼まれた本なんてない。でも他の人はいなさそうだし、目の前のこの空気が読めない男に、本当むしゃくしゃしてきた。いい加減やめろっての。
相良さんはわたしの機転に気が付いたらしく「仕事中ですのでまたの機会にお願いいたします。今回はお引き取り下さい」と一般客にいって「ごめんねー閉架書庫にあるから一緒に取りに行こうっかー」と一緒にその場を離れた。
「美鈴ちゃん、ありがとね」
「いえ、別に」
わたしは相良さんを助けたかったわけじゃない。ただあの男にイライラしていただけだ。今もそのせいでイライラしている。本当図書館では静かにしてほしいのに……
そう思いながら、ふと相良さんに目を向けると、相良さんの目元がきらっと輝いた気がした。なんだろうと訝しげに見ると、ますます光った気がする。わたしはそこでやっと、相良さんが涙目になっていることに気付いた。 えっ、どういうこと? わたしが疑問に思って声をかけようとすると、そこに東城真が現れた。
「おい、お前なにした?」
「えっ、なに? こっちが聞きたいんだけど」わたしは訳の分からないままそう言った。
「というかいきなり現れてなんなの一体? 意味わかんない」わたしはそう言って東城誠を睨んだ。ここで引き下がってはいけないと思ったからだ。「誠、本当に美鈴ちゃんは関係ないの。助けれくれただけだから。私がちょっと混乱しているだけで……」
「そうか……」
「金森さんだっけ? あおいがどうしてこうなったのか教えてくれない?」 以前話したときとは打って変わって真剣なその様子に、わたしはこれじゃモテるはずだわーとこの場にそぐわないことを思った。
「そういうことか」 わたしと東城誠と相良さんが図書館事務室に入って、わたしが説明すると――まぁ、説明することなんてほとんどないんだけど――東城誠は納得したように頷いた。あと一応言っておくけれど、ちゃんとカウンター前には、不在中ってスタンドを立ててあるので、邪魔されることはないと思う。
「あおい、ここの職場辞めてもいいんじゃない?」
はぁ? いきなり何の話してるわけ? ただ男が騒いだだけでそれ? そんなんで辞めてたら、何回仕事辞めればいいわけ? わたしは内心そう思ったけれど、流石に泣いている人の前でそれを言うのはやめた。
「それは嫌」相良さんが毅然とそう言った。こんな相良さんは初めてで、私は内心たじろいた。
「おい、伯父さんとか心配してるぞ」東城誠が困ったように言った。
「だって、ここで辞めたら泣き寝入りといっしょでしょ?」
「あの、そういう恋人同士の話は後でして欲しいんですけど?」
わたしは呆れたようにそう言って、その場を去ろうとした。
「えっ、誠、美鈴ちゃんと付き合ってるの?」 相良さんが物凄く驚いている。そのせいで涙も止まったみたいだ。涙目で無くなってる。
っていうか何でそんな勘違いをしてるの? 付き合ってるのはお二人さんじゃないわけ? 意味わかんなんだけど。わたしがそう言おうとした矢先「はぁ?」と呆れたように東城誠が言った。
「ないから、絶対ないから」東城誠が断言した。わたしはそれが何となく癪に障った。
「えっ、今だって……」「こいつ、俺とあおいが付き合ってるって思ってるらしい」
東城誠が嫌そうな顔でわたしをみながらそう言った。なんなのその顔? 誤解されるようなことをしたのはそっちじゃない。
「どうして?」相良さんは目をまん丸くしている。とても不思議そうで、嘘をついているようには思えなかった。
「俺たちが従姉弟って知らないからじゃねーの」
「えっ、血がつながっているの?」
初耳のその事実に、わたしは呆気にとられた。それと同時に納得もした。言われると雰囲気が似ていると思ったことにも納得したし。とても気安いのもそういうことだろう。
「ごめんね、美鈴ちゃん巻き込んじゃって……でもわたしと誠はただの従姉弟だから」
そういって切り出されたのは、聞くのも嫌な話だった。 相良さんはあの男の弟に言い寄られていたらしく、断り続けた挙句図書館内で以前、暴力を振るわれそうになったらしい。その時は館内に司書さんがいたので一大事にはならなかったらしいけれども、その当時、一部の先生から自分から言い寄ったのではないかと噂され大変だったそうだ。
その時に困り果てた相良さんは、犯罪心理学を担当している先生に相談したという。そのときに言われたのが、女性が被害者になる犯罪では、清楚な格好をしていると巻き込まれやすいので、今のような出で立ちではなく、もう少し派手な格好をしたほうがいいということだったらしい。
図書館は大学図書館では少ないけれども、公共図書館では痴漢が多いこともあり、その恰好でもいいという話になったそうだ。
東城誠が時々閉架書庫に一緒に入っていたのは、相良さんが殴られそうになったとき、閉架書庫から出ていたところを待ち伏せされていたのが、今でも思い返してしまうからという理由だったらしい。
色々噂されたため、これ以上他の司書さんには頼りにくいということらしかった。
わたしはその出で立ちに意味があったのだと知って驚いたと同時に、自分を恥じた。 見た目で人を判断しちゃいけないという、よく聞いたことがある言葉をわたしはようやくこの件を通して実感したのだった。
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