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うちの大学の図書館の司書さんは、何て言うか……色っぽい。
真っ白い肌は青みを帯びていて妖艶だ。この白さは絶対パウダーファンデーションだけではなく、フェイスパウダーもつけていると思う。 そして目元はブラウンのアイシャドウ。まつ毛を色取るのは、ダークブラックか、ネイビーのマスカラだ。今日はダークブラックのようだ。
それに負けず劣らず目を引くのがリップだ。深紅のリップ。80年代を思わせるような色なのに、全然そんな古臭さは感じない。むしろ妖艶さを強調している。 そして極めつけはネイルだ。ついでのおしゃれとは思えないほど気合が入っているのが分かる。ラメとかは入っていなくて、ただ単純に深紅の赤が塗ってあるだけ。
でもそれがとても丁寧で、プロに頼んだのだろうと自然にそう思うような仕上がりだった。情熱の赤という言葉があるように、赤は本来ならとてもエネルギッシュな色のはずなのに、なぜかとても冷たく見える。そんな赤だ。はっきり言って司書っぽくない。
そんな赤と司書らしい緑色のエプロンが、補色の関係であるはずなのにとてもミスマッチに見えた。 でもそれよりミスマッチなのが、パリッと糊のきいたワイシャツと、その下に穿いているパンツスーツだ。絶対タイトスカートの方が似合う化粧なのに、パンツスーツ。
それがまたおしゃれだけじゃなくて仕事にも専念しています。と主張しているようで、言葉は悪いけれども図書館には相応しくはない化粧とちぐはぐだ。端的に言ってしまえば気味が悪い。わたしは図書館に来るたびそう思っていた。
「あら美鈴ちゃん、今日は何借りるの?」
妖艶な出で立ちとは裏腹に屈託のない笑みを浮かべて、相良さん――妖艶な図書館司書さんはわたしに尋ねてきた。
いや、なんでそんなこと聞くわけ? というか、なんで名前呼びなの? 馴れ馴れしくない? それにカウンターの前に本を出してるんだから、どんな用途で借りた本なのかすぐにわかると思うんだけど。図書館司書なのにそんなこともわからないわけ?
課題を出す先生は去年からいる先生なのに、まだわたしが1年だから馬鹿にしているのだろうか。なんでこんなくだらないことをわざわざ聞くのか。わたしは内心で首をひねった。
「あーこの本借りるのねーもうそんな時期かー」
本のバーコードを読み取りながらそういった相良さんに、わたしはやっぱり分かってるんじゃん。と内心でつぶやきながら、図書館を後にした。
やっぱり共通点が性別しかなさそうな相良さんは苦手だ。
わたしには勉強しか能がなかった。この大学は地方の大学だけれど、そこそこ偏差値は高い大学だ。上には上がいることは百も承知だけれど、私にとっては悲願の入学だった。
自分で選択して勉強する。高校時代とは全然違う学習方法や、 全国から来ると言っても過言ではない学生たちとの出会いに、あたしは胸を高鳴らせたものだった。
そんな大学の図書館の司書さんの一人に、真面目といった言葉とは無縁の相良さんがいることが、なんていうかとても歪に見える。 全部が全部理想通りにならないなんてこと、わたしだってよく分かっている。けれど相良さんを見ていると、勉強しかしてこなかった自分を案に責められている気がしてくる。 そんなに若いのに女を捨ててるの? って言われているような気分になって、被害妄想が頭を駆け巡ってしまう。
はっきりいって、相良さんより美人な人はいると思うし、見たこともある。なのにどうして相良さんを意識してしまうのか、自分自身のことなのに分からなかった。 それから2週間は経っただろうか。図書館内の学習スペースから微かにこんな声が聞こえてきた。
「じゃあこの本リクエストしておくねー館長の飯島先生にプッシュしておくから」
「あおいちゃんよろしくーその本卒論で絶対使いたいからさー先生厳しいこというかもだけどお願い!」
「はいはーい。任せておいて! 選書会議ではちゃんとアピールするからね!」
その楽しげな声に、私はなんとなくイラッとする。何なのその気安い呼び方……友達かよ。こちらは課題に追われて大変なのに、この静かな図書館で図書館司書が大声をあげていいものなのだろうか。相良さんも自分のことを名前で呼ばせてニコニコしちゃって……大人としてのプライドはないのだろうか。 ちょっと声が聞こえるだけだから、そこまで大声じゃないのかもしれない。
ここは国立大ってわけじゃないし、地方の小さな大学だ。図書館自体もそこまで大きくない。図書館の端から端まで、全く見えないってわけじゃないし。 でも図書館について一番知っている図書館司書がそんな態度をとるなんて。あたしは妙に胸の辺りがムカムカするような感じがした。
今私は、レポートの書き方講習会に出席している。場所はもちろん図書館だ。 館長の飯島先生と主任司書の安川さんが中心となって教えてくれるので参加してみた。相良さんが教えてくれる立場だったら、出席していたかは分からない。というより、 相良さんが教えた側じゃないことにちょっぴりほっとしている。
何て言うか、相良さんは人に教えるってことが似合わない。逆に教えてもらう立場な気がする。 幾度想像しても図書館にいる相良さんより、キラキラしたラメが踊っているドレスを着て、50代から60代の上役のサラリーマン相手におねだりしている様子――つまりホステス姿の相良さん――が克明に想像できてしまう。 図書館にいる姿しか知らないのに、 なんでそんな姿ばかり浮かぶんだろう。ある意味相良さんの一種の才能かもしれない。わたしは初めて相良さんに感心した。
今日は奮発して、大学の食堂のランチを食べることにした。そんなにお金があるわけでもないので、わたしは入学してから片手で数えられるほどしか食べていない。 大学のランチは他のお店で食べるよりは安いけれども、毎日食べられるようなものじゃない。少なくてもわたしにとってはそういうものだった。 そこで私は思いがけないものを見た。そう、相良さんだ。いや大学内なのだから、別に食堂で相良さんを見ることは不思議じゃないのかもしれない。でも図書館内以外での姿を今まで見たことはなかった。
相良さんはあろうことに、大学内でのちょっとした有名人――頭も良くてイケメンな東城誠と楽しそうにしゃべっていた。ここだけ切り取るととても画になる。美男美女という四字熟語がぴったりだ。 惜しいのは相良さんが図書館のエプロンを付けていることだけだろう。なんていうか、そういう顔がいい人たちは惹かれあうのだろうか。どことなく雰囲気も似ている気がするし。
わたしは食堂で食べるのではなく、テイクアウトすることにしてゼミの先生の所でランチを食べることにした。
その数日後からだろうか? 東城誠は図書館によく来るようになった。図書館の利用者が学習スペースにしかいなさそうなとき――つまり貸出利用者が少ない時に――カウンターに置いてあるリクエストボックスに備え付けの椅子に座って、相良さんに話掛けている。声は聞こえないけれどもその様子は、何処となく楽しそうで口説いているようにも見えた。
そういうことは図書館の閉館時にお願いしますー
わたしは内心そう思いながらも、借りたい本をカウンターに持っていき、図書館を後にした。なんとなく申し訳なさそうな表情の相良さんを見た気がするけれども、多分気のせいだろう。
それからというもの、東城誠の姿は図書館に埋没していった。週の2日から3日ほどは姿を見かける気がする。意外にも相良さん目当てだけではなく、図書館の蔵書もチェックしているようだ。成績も優秀だという話は嘘ではないらしい。 わたしが勝手に関心にする日々が続いた頃、わたしは見てしまった。東城誠と相良さんが、閉架書庫の中に二人で入っていくのを。
閉架書庫は基本図書館司書だけが入ることができる場所だったはずだ。わたしも読みたい小説が古いものだから閉架書庫の中にあるから、少し待っていて欲しいと言われた事が幾度とある。
一体何をしているんだろう。私がそう思うのも不思議じゃないと思う。相良さん相手に質問するのは何かと骨が折れる。けれど気になって仕方がない。わたしは東城誠に聞いてみることにした。
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