【黄昏のプラットホーム】

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【黄昏のプラットホーム】

高校の最寄り駅はJR根岸線の石川町駅。 部活も終わり、ひとり、そのホームへの階段を駆け上がる。 夕焼けに染まるホームに立つ男子が目に入った。 私服だけれど判る、クラスメートの橋本直輝(はしもと・なおき)だ。 フランスからの留学生だとは、クラスメートでなくても知っている事実。 我が星林栄和学院は、高校ながら外国語教育に力を入れていて、英語以外も学べるのをウリにしているのもあって、帰国子女の受け入れも積極的に行っている、留学生も多い。 そんな中のひとりだけれど。 母親が日本人だとかで、日本語もうまいし、容姿もハーフなのは親近感があった。男女問わず彼に親しみを感じているようだ。 私も、だけど……でも特に無理矢理親しくしようとも思わなかった。現に彼が来て三カ月、私は挨拶程度しか言葉を交わしていなくて、橋本君が私を個別認識しているかどうかすら怪しい。 そもそも、彼本人はそう社交的な方ではない。基本的に受け身だ。去る者は追わないし、来る者は失礼にならない程度に相手をしていると言うか。 だから。今も。 声をかけてよいものかどうか悩んだ。 いきなり挨拶でもしたら、驚かれそうだ。でも、私が制服を着ていれば返事くらいしてくれるかな。 でも、私服の彼はちょっと怖いかも……無視して素通りしても大丈夫そうかな。 って言うか、ちょっと物憂げな顔してる。プライベートはこんな感じなのかな、学校にいる時はもう少し笑顔だけど、普段から無理してる感じは見えたもんな、やっぱり声は掛けない方がいいかな。 と、その時、電車到着のアナウンスが流れた。 私が乗り込みたい車両は中程だ、もう少し奥へ行こう、すれ違う時、どうしよう、「よっ」くらい言ってみようか。 彼の横顔を見ながら歩きを進める、電車が近づいてくるのが見えた、彼は暗い顔を上げもしない。 夕日が照らしているはずなのに青白く見える顔、けたたましく響く警笛の音、ぐらりと揺れる彼の体──嘘でしょ!!! 私は鞄を放り出して走り出していた、もっとあと数歩と言うとこまで近づいていたからトップスピードに乗るまでもなく、彼に辿りついていた。 「自殺なんかダメ―!!!」 叫びながらダイブし──アメフトかラグビーをやっている方に見ていただきたいくらい、立派なタックルだったと思います!──彼の腰の辺りに抱き付くと、全体重をかけて彼を後ろ向きに押し倒した。 「え、な……!」 頭上でする彼の声、それは電車が来る風切り音と車輪の音に掻き消された。 電車が止まって、辺りが静かになる、圧縮空気が抜ける音がして、ざわめきが戻ると同時に声がする。 「いい加減、離せ」 橋本君の声に、私は抱き締めていた腕を慌てて解放する。 途端に恥ずかしさが思考を占めた、私はクラスメートに何をしてるんだ? 腕を引くくらいでもよかったのでは? 「とりあえず、立ちましょう。そこで寝っ転がっていては迷惑です」 それは更に頭上からした声だった。見上げると褐色の肌に青い瞳の、中年に近いと思える男性が手を差し伸べてくれていた。 あ、さっきからホームに立っていた人だ。私は橋本君に気を取られていたけれど、そうじゃなかったら絶対ガン見していたくらい、格好いい男性だ。中東系と思えるけど、とても綺麗な日本語だった。 「え、あ」 はたと思い出した時には、私は電車から降りてきた人たちの視線を浴びていた。 まだ夕方の通勤ラッシュには僅かに早い時間、それでも相当数の人々が迷惑そうに避けながら歩いていく。 私は差し出しされた手を借りて立ち上がった。男性はもう一方の手を橋本君に差し出したけれど、橋本君は無視して自力で立ち上がる。 「ったく、なんの真似だ」 橋本君はお尻に着いた砂を払いながら言う。 「自殺なんかダメ!」 「はあ? そんなことしねえよ」 「だって、すんごい暗い顔してたし、グラグラして前に倒れそうだったし!」 「電車来るから前に進んだけだろ!」 「いいえ、私から見ても危ういと思っていましたよ。彼女が近づいていなければ、私が引っ張っていたところです」 男性は、やっぱり綺麗な日本語でそう言った。 「勇敢な行動です、日本女性の勇敢さにはいつも驚かれされます。殿下に代わってお礼を申し上げます、ありがとうございます」 男性はそう言って、深く深く頭を下げた。 ──はて? いろいろ気になるワードが出てきました。 いつも、日本女性の勇敢さには驚かされる? 代わって、お礼を? ──殿下に!?!?!?
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