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力ずくで連れ込まれたのは、男子トイレの個室。ああ、なんでよりによって誰もいないの! そんなことも見越していて、男は私を襲ったのだろうか? こんな状態でも橋本君は「他国の一市民を見殺しにした」とか言われるの? それは違うと訴えたい!
男は後ろ手にドアを閉めようとしている、個室にしてからじっくり殺そうとでも言うのか! 冗談じゃない、死ぬのも、黙って殺されるのも!
油断からか口を塞ぐ男の手が緩んだのが判った、声を上げてやろうと深呼吸をした時、
「ぐは……っ」
男の呻きと、激しい音は同時に聞こえた。
「え、何……!?」
壁に手を付いて背後を見た、足を振り上げた姿勢の橋本君がいた。
「橋……」
『てめえ! 何してやがる!』
うーん、多分フランス語の怒鳴り声、それは男の背に掛けられていた。男はどうやら橋本君が蹴り開けたドアがその背に直撃したらしい、背中をさすって蹲っている。
「この、ガキ……!」
相当痛いのか、声は震えていて迫力はない。
「日本人か!」
途端に橋本君が怒鳴る。あ、そういえば、この間ホームで襲ったのも、ヨーロッパ系の外国人だった……。
男は応えず、すぐに持っていたナイフで橋本君に切りかかった、もっとも体勢は悪い、橋本君はその手をドアに押し付ける形で防ぐ。その姿勢のまま私の腕を引いて起こしてくれる。
『殿下』
個室から引っ張り出されると、ちょうどカルロがもうひとりの男性と、トイレに入ってきた。
『ナイフを持ってる』
『承知しました』
早足に近づいてきたカルロが、男の首根っこを掴み、床にねじ伏せる。
それを見届けることなく、私は橋本君に手を引かれて男子トイレから出た。
「里帆―?」
美奈の不思議そうな声、皆の視線も浴びて──戦慄した、私の手を握る橋本くんの手にも力がこもる。
美奈達と並んで数人の男がこちらを見ていたのだ、明らかに、遊園地に似つかわしくない、笑顔が似合わないタイプの男達だ。
「は、橋本君……!」
事情が判っているだけに、これはただ事ではないことはすぐに理解した、橋本君の横顔を見上げて指示を仰ぐ。
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