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「カルロ!」
橋本君は前を見据えたまま声を上げた、すぐさまカルロがトイレから飛び出してくる。
『殿下』
『何故、日本人が!』
カルロも前方を見た、男達はじわじわと近づいてくる。
『殿下はお逃げください』
『彼女が狙われてる!』
『何故』
『判らない!』
橋本君が怒鳴りながら、私の手を握り直してくれる。
「満島!」
怒鳴ると同時に走り出していた。
「里帆!?」
流れる美奈の声、他の男女のひやかす声もする。
しかしそれを気にする余裕はなかった、男達が私達を追ってくるのが見えたから。それはカルロの仲間が抑えようと動いてくれたのも見えたけど──人数が違う。きっと漏れた男が追ってくるだろう。
逃げるなら──。
「橋本君、こっち!」
私は橋本君の手を引いて、敷地を出たすぐの横断歩道に向かう。青信号が点滅を始めた横断歩道を走って渡る、その先にあるのは、ショップが多数入る商業施設、ワールドポーターズだ、そこに飛び込んだ。
その直前に背後を確認すると──幸い、男達は動き出した車たちに阻まれて、すぐにはこちらには来られないようだ、逃げるなら今……!
建物に入って、だからと言って隠れる場所があるわけでもない。広い建物内を闇雲に歩き回った。1階から2階へ、そして3階──5階には映画館がある。
「入ったら、少し休めるかも」
なんてどうでもいい提案をしてみたら、橋本君はすんなり受け入れてくれた。幸いすぐに始まる映画があった、アニメだった。
既に薄暗くなっている館内のふかふかの椅子に腰かけた瞬間、生き返った気がする。深呼吸をしていた。
橋本君も座面には浅く腰掛け、背もたれに頭を乗せて大きく息を吐く。
「──やばい……カルロとはぐれた……」
不安げな声に、私は橋本君の太ももを叩いていた。
「いった……なにす……!」
「男でしょ、自分の身くらい、自分で守りなさい」
「そんなこと、判って……」
言いかけて、はあ……と大きなため息を吐くと、両手で顔を覆う。
「──嘘だ、本当に一人きりなんて初めてで……今、襲われたら……」
声が震えてる、怖いんだ。
拳銃を押し当てられて、ナイフを突きつけられても、私に今ひとつ現実味がないのは、命を狙われる筈ないって思っているからかも。
でも橋本君は違う、きっと子供の頃から、そんな事は当たり前って教育を受けていて、それが現実になってしまって……怖い、よね。
だったら。
「私が守る」
私が言うと、橋本君は驚いた顔で私を見た。
「最悪、私が囮になったり、盾になったりするから。大丈夫、誰も橋本君が私を見殺しにしたなんて思わない、悪いのはあっちだもん、正義は勝つんだよ」
私が根拠の弱い持論を熱く語ると、橋本君はふわりと微笑んだ──こんなに優しく笑えるんだ。
「──フィルだ」
「え?」
「橋下は何処か他人のような気がする、フィルと呼んでくれ」
「ん、判った」
それって、少しは心を開いてくれたってこと?
「満島を囮にして逃げたなんてなったら……」
「里帆って呼んでよ」
「あ」
「名前で呼び合う仲でいいんでしょ?」
「──ああ」
にこっと笑って、里帆、と呼んでくれる。
あ、やばい、きゅんと来た!
「里帆に何かあれば、俺が後悔する。何があっても自分の身は守れ。それで俺の身がどうにかなっても、絶対に怒らないから」
「う、うん」
心臓のドキドキが止まらない。
「里帆の言う通りだ、正義は曲げられない。いつか大叔母上と叔父上を正す日が来る。それまでは──」
そう言ってまっすぐ前を見る、その瞳は遠い祖国を見ていると思えた。
早く、帰らせてあげたい。きっと家族も待っているはず──。
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