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「──カルロ」
低い声で橋本君が呼ぶ、ああ、褐色の男性の名前か。
男性は、にこっと微笑んだ。
『なにか?』
穏やかな声で聞き返す、ん? 日本語ではない、ヨーロッパ系の言語だな?
『殿下はよせ』
『これは失礼を』
カルロは胸に手を当てて、最敬礼で頭を下げた。
わ、どう見ても、主従関係! 「殿下」だったもんな!
「え、橋本君って、貴族かなんかなの!?」
フランスからの留学生だもん、フランスでは王族はいないよね、貴族は健在なのかな!? そう思って、思わずわくわくして聞いてしまったけど。
ふたりは明らかに不機嫌に私を見た、カルロは少し驚きも含んでいたけれど、橋本君は、嫌悪を含んでいた。
そして、
「カルロ」
責めるように呼んだ。
「申し訳ありません、ただの愛称です」
カルロは流暢な日本語で、そう言った。
「ああ、愛称か」
そんな馬鹿な、と思いつつ私は納得したふりをした。
だって。ふたりの反応は、明らかに「そこに立ち入るな」と言っていた。
「昔のテレビドラマでもいたよね」
「そうなのですか?」
カルロはにこやかに答えてくれる、橋本君はガン無視だ。
と、三人並んで次の電車を待つ。
「──って、なんで君も一緒に待つ!?」
真ん中に立つ橋本君が、さも意外そうに言う。
「え、私、家、こっち。橋本君こそ、いつもは使ってないよね?」
現に今も私服と言う事は、これから出かけるってことだよね?
「あ、ああ──これから、祖母の家に……」
「ああ! お母さんのご実家が近いんだ!」
思わず言うと。
急に空気が沈んだ気がした、思わず隣の橋本君を見上げる。
二人の向こうに、こちらへ向かって歩いてくる外国人が見えた。男性二人組、ホームのギリギリを歩いていて、危ないなとか勝手に感じてしまう。
あ、橋本君の顔はさっきの顔だ──線路をじっと見つめ、何処か思いつめた顔──何があったの?
「あ……ホームシック?」
言うと、橋本君は私を見下ろして、先程並みに嫌なそうな顔をして「はあ?」と呟いた。
その時、次の電車が入ってくるアナウンスが流れる。
「淋しそうな顔、しちゃってさ。家族はフランスなんでしょ? 会いたくなって仕方ないんでしょ」
彼が留学して、もう三ヶ月にはなる。そのうちの半分くらいは夏休みだったnのに、きっと帰郷しなかったんだな?
いくらお母さんの祖国で馴染みがあるとはいえ、淋しいよね、うんうん!
「──そんな甘いもんじゃない」
橋本君は呟くように言った、それは感情が読み取れない声だった。ただ、彼より背が高いカルロが、橋本君の頭に優しく「殿下」と呼んだのが余計に淋しさを感じさせた。
「いつまでいるの? 卒業まで?」
私はなるべく明るい声で言うようにした、私まで暗くなってはしょうがないと思ったから。
でもそれは彼の淋しさなのか、怒りなのかに、油を注いだようだ。
「俺だって帰れれば、今すぐ帰る──!」
その声は横に流れた。
「え?」
目の前の橋本君の横顔が、線路側へ倒れた。その向こうのカルロの顔は、途端に鬼の形相になって反対方向に流れる。
「え?」
途端に響き出す怒声、外国語なんで何を言っているのかは判らない、それでも状況はなんとか理解する。
歩いてきた男のひとりが、橋本君を突き飛ばしたのだ。
それをカルロが見咎め、今はホームのコンクリートにうつ伏せでねじ伏せている。
『殿下! 彼女を!』
背を押されてよろめいて一歩前に出た橋本君が私を見た、「何?」と言う前に、私は後ろから羽交い締めにされ──!?
「え、ちょ……!」
堂々と痴漢かよ!?と頭に来て振り払おうした時、こめかみに何か押し当てられた。
え、何この状況? よく映画で見るやつじゃん!
『フィルベール殿下、この少女の命が惜しくば、今すぐ線路に飛び込んでください』
交わされる意味が判らない言葉、それでも橋本君の顔に緊張が走ったのは判った。
そしてこめかみに押し当てられたものが、カチリと硬い音を立てる。
待て待て待て、ここは日本だよ!?
『殿下! 飛び込んだところで、ヤツは彼女を殺します!』
カルロが叫ぶ。
『早く飛び込め! 民間人を見殺しにしたと騒がれたくなかったらな!』
これはカルロが組み敷く男。
そして、橋本君が唇を噛むのを見た。
その背後から近づく電車も見えた。
私を掴む男の腕に力が入る。
「あーもー……さっきも一本逃してるから、今度こそ乗りたいじゃん……!」
呟きは、橋本君にも届いてた。
「──は?」
こう言う時の対処法は、本で読んだ!
ぶっつけ本番だけど──!
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