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「じゃあ、みんな、また明日!」
そう言って良は、私を導いて歩き出す。途端に背後で女子達がざわめいた。
何人かは知ってるのかも、私がいつも石川町の駅を利用している事を。それを今は反対方向へ歩き出したのだ、横浜中華街を抜けて行こうと言うらしい。
せめて、一度は駅方面に向かってくれたらいいのに……と思ったけれど、もう手遅れだと思って、良について行った。
平日の夕方近くなのに、中華街はそれなりに人が溢れている。もちろん休日に比べればはるかに少ないとはいえ、しっかり良がいる事を意識していないとはぐれてしまいそうだった。
いい匂いが漂ってくる、肉まんとか、甘いお菓子のとか。夕方だ、お腹が泣き出して、心惹かれてしまう。
明日は別のルートにしよう、毎日これじゃ拷問だよ。って、そもそも早く家に帰れるようにしないとな。
あれ、それって、フィルも国に帰る時って事? あれ? そしたら私達、離れ離れになって、もう──逢えなくなるって事?
フィルは、王子様だ、王太子とか言われる以上、いずれは国のトップに立つ人で、私とは本来違う次元に住む人で──。
──あれ、なんだろ、なんだか、急に、淋しく……。
そう思った瞬間、目の前にフィルがいた。ううん、実際には数十メートル先の、沢山の人の群れの向こうに。
でも、判った、私はフィルを見つけた。フィルも私を見つけてくれた、途端に破顔したのが判る。
「フィ……」
聞こえる訳ないんだけど、嬉しくなって呼びかけようとした時、その視界に良の背中が入ってきた。
「え?」
私を背に庇い、それでもなお良の左腕は私を抱き締めた。
右手は何かを掴んでいた、良の腕越しに前を覗き込むと、強面の男が鬼の形相で良を睨み付けているのが見えて、ぞっとする。
その時足元に軽い衝撃があった、地面に何か落ちたのだ。何か硬いものが当たる音もする、そちらを見ると、刃が細いナイフが地面を跳ねて回転した。
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