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王となる筈だった長兄が変死体で発見、次兄は幽閉、末子の一人娘が帰郷──そして、その事件を調べていたアメリカの雑誌社の記者が殺された事まで書かれている。
国名や人物名、記者が雑誌社勤めなど、微妙に変えてはあるが、それがセレツィアの事であるなど、火を見るよりも明らかだ。
既に人々の記憶から薄くなっているふたつの事件が、再び脚光を浴びて困る──マルグテは手を尽くしてその作者を突き止めた。
日本の女子高生と聞いて、そんな馬鹿なと思った。ユルリッシュの死すら知らない娘が──だが、それがフィルベールのクラスメートと判って戦慄する。
追い出した元王太子が、日本から、ハルルートの、ひいては自分の地位を脅かそうとしている……!
その少し前、フィルベール殺害に失敗した配下から、女を巻き込んだとの連絡を受けていた。
その女がフィルベールと組んで、小説など発表したのだと、すぐに判じた。
迷うことなく決断した、処分をしなくては──。
だが日本人の女をセレツィアの者が殺せば国際問題だ、日本人に任せろと言う策まで与えた。
渡された紙には、その日本人が殺害に失敗した様子が克明に描かれていた。
想像や誇張や脚色があるかもしれない。
そうは判っていても苛立ちが増す。
トイレの個室に連れ込まれそうになったのを、アイゼレス国のフィーン王子が助けたなど、全くの興醒めだ。
「──子供に邪魔されて諦めるなんて、日本人の男も情けないわね」
呟きにネイリストはちらりとマルグテを見たが、相槌も打たずにまた作業に集中する。
「電話をよこしなさい」
立ったままでいた男に言うと、男はキレのいい返事をしてすぐさまモバイルフォンを持ってくる、紙の束と引き換えにその手を渡した。
マルグテは片手でそれを操作し、電話帳から番号を選ぶ。
随分と久し振りにかける番号だった、電話帳の名は、エレメイ、とあった。
本名をクジマ・チューヒンと言う男が、ヘフゲンと契約した時に名乗った名だ。エレメイが偽名なのは知っているが、クジマも偽名なのかは確認したことがない。
多少の汚い仕事は、文句ひとつ言わずに引き受けてくれる有り難い存在だった。
そう、かつて実の兄の遺体の処分も、頼んだのだ──。
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