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「ぱぱー、おかえりー! きょうは、はるもおてつだいしてかれーつくったから、はやくたべよっ!」  梅雨の中休みの今日は30度を越す猛暑で、熱中症を発症して搬送されてくる患者が多かった。  日中は空調でコントロールされている院内で長時間過ごしているからさほど感じないが、行き帰りのむっとした空気がその片鱗を僕の五感に、今日が猛暑だったことを伝えてくれる。  デザートは、はるのリクエストでスイカのスムージーだった。スイカは真夏の食べ物だと思っていたが、既に6月にはスーパーに並んでいるらしい。  種を取って凍らせたスイカをミキサーで砕いただけのそれは、ほっとする優しい自然の甘さだった。 「先生。この前はすみませんでした」  あれから、2週間経つ。  僕も仕事が多忙でなかなかゆっくり時間を取ることができていなかったが、かえってそれが豪をクールダウンさせていたようだ。 「あれからいろいろ考えたんですけどやっぱり駄目で……。そうしたら、妹から電話があって――」  ――何故女の子のはるちゃんにみずいろの傘と長靴を贈ったかって? それはね、この前はるちゃんが家に泊まりにきた時、一緒に公園で遊んでたら『はるのおかあさんはね、あのおそらのうえにいるんだよ』って突然言ったのよ。その時思った。こんなに小さくても、お母さんの死ときちんと向き合えてるのね、って。だからね、お母さんがいるお空と同じ色の傘を買ったんだ。 「俺、もの凄く自分の考えが浅はかだったことに気付きました。そうしたら、情けなくて恥ずかしくなっちゃって……」  項垂れた豪は、ばつが悪そうな表情で下を向いてしまった。 「目の前にいないから、『可哀想』だなんて、自分の考えの傲慢さにも腹が立って……」  感受性が強く聡明な豪の思考は、きっと幼少期からあらゆる書物に触れてきた賜物なのだろう。  感情の切り替えの早さ、潔く自身の考えを改めることができる柔軟性も然りだ。 「豪に育ててもらっているはる(・・)は幸せだなぁ」 「……はあ? 先生ッ、俺の話ちゃんと聞いてました?」 「ああ、聞いてたよ。だから、豪みたいに優しくて芯が強い聡明な『親』に育てて貰えるはる(・・)が、僕は心底羨ましいと思ったんだ」  両親は、田舎で中規模の病院を経営している。  昨年、彼らはゲイである豪のことを『病気』だと言い放った。過去には、はるの母親のことを『両親の愛情を知らない女』と蔑み結婚を最後まで認めなかった。  そして『病院は継がない』と、はっきり意思表示をしている僕を何とか懐柔して田舎に戻らせようと、今でも躍起になっているのだ。
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