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4.
あれから豪は、院の友人からも話を聞いたという。
「『(片親なのは)寂しかったが、仕方がない。子供の頃は寂しい思いもしたが、大人になればどうという事もなくなった。そんなことよりも、自分が片親だということを気にして一生懸命フォローする母親を見ているのが痛々しかった。うちはそういう家庭だと、いっそ開き直って欲しかった』って。そいつが、そう言うんです――」
――親のこころ、子、知らず。子のこころ、親、知らず……
「僕はね、悲惨な状況下において苦しんでいる人がいたとしても、決して『可哀想』という感情だけは持たないようにしようって、ある時から決めているんだ」
「なにかきっかけがあったんですか?」
「――恥ずかしい話だが、少しだけ聞いてくれるか?」
豪が姿勢を正し「はい」と言ってから深く頷いたのを合図に、僕は嫌な思い出をぽつりぽつりと話して聞かせた。
――高校生の頃、同級生の家族が親の経営する病院に運び込まれてきた。その際に、経理を担当していた母親が『可哀想に。可哀想に』を連発し、『診療費の自己負担分は病院で立て替えてあげますよ』と偉そうに話している声が偶然聞こえてきた。チラッと覗いた先では、同級生がぺこぺこと自分の母親に頭を下げていた。
母親曰く『貧乏で可哀想な家庭』とのことだった。
その時、なんで同級生である僕に向かってそんなことを言うのだろうと、母親のモラルを疑った。なによりその話をしている時の母親は、どこか優越感に浸っているような表情をしており、酷く醜いものに自分の目には写った。
「例えば、病気や貧困で苦しんでいる人に対して『可哀想だ』と同情することは、その時点で自分が『上から』ものを言っているのではないかと思うんだ。同情を寄せても病気は治らないし、腹は膨れないだろう? その状況をどうにか打開する方法を一緒に考える、もしくは、自助努力で打開しようと頑張っている人に対しては、極めて自然な態度で接していたいと思っているんだ」
思いの丈は打ち明けたが、上手く伝わっただろうか……。
話が終わってから、暫くその内容を反芻するように黙って一点を見詰めていた豪が徐にその視線を僕に向け、少しだけ悲しい表情で喋り出した。
「――僕は……きっと、心のどこかではるのことを『可哀想な子』だと思っていたのかもしれません――」
確かに、母親が早逝したはるは可哀想なのかもしれない。しかし、近しい者がそのような目で彼女を見てしまえば、彼女はこの先『可哀想な自分』として成長していくことになるだろう。
それだけは避けたいと思っている。
「母親が空にいると言ったのは、僕だよ。『どうしておかあさんがいないの?』と聞かれた時に、そう答えたんだ。まだ病気云々の話をしても理解できないだろうと思って『もう帰ってこられない場所に居る』という意味で話したんだ」
まるで、『雨夜の月』ですね――
豪がぽそりと呟いた。
そして、囁くように続ける。
はるは、確かに存在していた母親の胎内から誕生した。それは紛れもない事実だけど、もう、決して会うことは叶わないんですね――
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