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5.
――ぴちぴちちゃぷちゃぷらんらんらん。
今日も梅雨らしく、しとしとと雨が降り続いている。
「はる、みずいろの傘と長靴似合ってるぞ? 良かったな、はるには優しいお兄ちゃんやお姉ちゃんがいて」
「うん! おかあさんのいろのかさとながぐつだよ、ぱぱ」
当直明け――死んだようにリビングで寝ていたところに、けたたましい着信音が鳴り響いた。
豪からだった。
『すいません! 今日ゼミの仲間とちょっと、研究の事で打ち合わせしたいんですけど、先生明けですよね? 疲れてるとこ申し訳ないんですけど、保育園まではるを迎えに行ってやってくれませんか?』
あめあめふれふれかあさんが――
「ねえ、ぱぱー、『じゃのめ』ってなあに?」
「ん? 傘の事だよ、多分……」
「たぶん? もう! おにいちゃんならもっといろいろおしえてくれるのにいっ!」
はるは、常日頃からどのような疑問に対しても懇切丁寧に理解できるまで説明してくれる豪の、その関わり方が大好きだった。
何事にも裏付けがあると言い、はるが子供だからと決して馬鹿にせず、それらを理解できるまでとことん説明する――豪は自分がその解答を知らなければ『俺もわかんないから、調べてから教えてやるな?』とはるにきちんと向き合ってくれるのだ。
どうやら豪のうんちくは、幼少期からの読書好きによって蓄積された膨大な知識の泉から引っ張り出されているということをはるも感じているらしく、近頃では豪に『読み聞かせ』をねだることが多くなった。
とにかく、豪は年がら年中本を読んでいる。
「ごめんごめん、じゃあ、家に帰ったら豪に訊いてみような? それよりはる、今日はパパと一緒にご飯を作って、豪を驚かせてみないか?」
「うん! はる、ぱぱとごはんつくるー!」
少し遅くに帰宅した豪は、――夕飯不要――と送ったメールに不信感を抱き、簡単に食べられるものを買ってきてくれていた。
悔しいが、全てお見通しらしい。その千里眼のお陰で、茹ですぎてしまった素麺を前にして頭を抱えていた僕は、心底ほっとした。
ふにゃふにゃになってしまった素麺は、『勿体無いから食べましょう!』という豪の手によって粉や具を混ぜられフライパンで焼かれ、あっという間に『お好み焼き風』の一品になった。
そしてその晩は、豪が買ってきてくれた惣菜と共に、旨い夕食にありつくことができたのだった。
もう直ぐ梅雨が明ける――はるは、何色のランドセルを欲しがるのだろう? 先日来、豪の懸案事項はどうやらそこにあるようだ。(僕としては、はるが決めれば良いことだと軽く考えているのだが……)
まあ、時期が来たら三人で考えよう。
豪と過ごすようになってから、些細な事柄一つ一つが珠玉のイベントに変換されていることを、日々実感している。
今年の夏は、家族三人でどこか日帰りでもいいから遊びに行けるように、休暇の調整をしてみよう。
その提案を聞いた時に見せるであろう、嬉しいのにそれを押し殺してわざと眉間に皺を寄せ『先生、無理してるんじゃないですか?』と僕を慮ってくれる――そんな豪の様子を見るのが、今から楽しみでならない。
ー了ー
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