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カキィーン!
気持ちよい金属音とともに、世界から音が消えた。
ボールが放物線を描いて、スタンドに吸い込まれていく。その光景が、何故だかスローモーションのように見えた。
グローブを地面に叩きつけ、膝から崩れ落ち、両手をついた。
地面にくっきりと浮かんだ、自分の影。その影の中に、ぽた、ぽたと水滴が落ちた。
両手をぎゅっと握り締める。一緒に握り込んだ、グラウンドの黒土が、火傷しそうなほど熱い。
突然、バン、と強く背中を叩かれ、反射的に顔をあげる。
「よくがんばったな。今日の試合、ほとんどおまえが投げてくれたんだ。エースピッチャーとはいえ、負担をかけたな。
大丈夫だ。祐樹、おまえはまだ二年生だ。来年があるさ」
「でも、先輩は…」
そうだ、先輩は今年で終わりだ。
絶対に、先輩たちを甲子園に連れて行きたかったのに。さっき、もっと速く投げることができていれば、打たれなかったかもしれないのに。
後悔と罪悪感で、先輩の顔が見られない。
「祐樹。おまえがいなかったら、うちみたいな弱小校が、県大会の決勝戦まで来ることなんかできなかった。おまえが一人で、うちの野球部をここまで連れてきたんだ。胸を張れよ」
ぐっと肩を抱かれて、おそるおそる先輩の顔を見る。
先輩は笑っていた。日焼けした肌に、流れ落ちる汗。…そして、頰をつたう涙。
「来年さ、俺の弟が、うちの学校を受験するんだ。俺と同じように、野球バカなんだ。あいつの学力なら、来年、うちの学校に合格すると思う。
俺は甲子園には行けなかった。その代わり、俺の弟を、甲子園に連れてってやってくれないか」
先輩の言葉にうなづいた瞬間、自分が泣いていたことに気づいた。
左袖で、汗と涙をぐいっとぬぐう。相手チームの勝利の歓声が聞こえてきた。負けたんだ。今更のように実感する。
「さあ、整列するぞ、祐樹」
先輩の肩を借りて、立ち上がり、よろよろと歩き出す。
見上げると、ギラギラと光る太陽と、大きな入道雲。眩しすぎる青空が、涙で滲んで見えた。
もう、こんな思いはしたくない。
先輩。僕は必ず、先輩の弟を甲子園に連れていく。あの太陽に誓って。
今年の甲子園への挑戦は叶わなかった。
だけど、まだ夏は終わらない。
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遠藤周作先生! 影から書くって、すごく難しいです!
夏の暑さを表現できてるのか、この文章…と不安になってしまい、つい、太陽の光のことを書いてしまいました。修行が足りないみたいです。
だけど、場面によっては「影から書く」ことを意識すると、すごく印象に残る文章になると思います。
「影から書く」。もしよければ、試してみてください。
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