第8話

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第8話

 困った。  ちふゆはいま、ものすごく困っている。  原因は青藍だ。  あの、淫花廓の男娼が……想像以上に、エッチで……。  ちふゆが初めて彼とキスをした日(いや、それ以上のこともされてしまったが……)以降、青藍は性的な接触をしてくるようになった。  もはやちふゆが持ち込む漫画やゲームはおまけで、ダラダラとしている内にいつのまにかそういう(・・・・)雰囲気になっていて、ちふゆは青藍に組み敷かれ、裸に剥かれて、気付けば喘いでいるのだった。    ちふゆにだって、これが本来の遊郭の使い方であることはわかっている。  青藍は男娼として正しい接客をしているのだし、ちふゆはその青藍をお金で買う『客』なのだ。  だから青藍に甘く囁かれる度に、こころの中が奇妙にスカスカするような気持ちになるのはおかしいし、『客』として扱われることが寂しいだなんて気持ちになるのもおかしいことだと、自分でも知っている。  ちょっと前までは、抱かれないことが不満だったのに……。  抱かれるようになったらなったで、そんなことを思うちふゆは、ワガママなのだろうか。  ちふゆはデイバッグに、明日の着替えなどを詰め込みながら、ふぅ、と重いため息を吐き出した。  明日は水曜日。  ちふゆが淫花廓へと行く曜日だ。  なぜ通う日を水曜日にしたかというと、青藍の体が比較的空いている曜日だったからである。週末はやはり指名が多いらしい。  ちふゆはべつに大学に行くわけでも定職についているわけでもない、ニート満喫中の身であるから、べつに何曜日でも良かったが……最近は、火曜日が嫌いになってきている。    なぜかというと、青藍のいやらしい手で触られるようになってから、ちふゆの体がおかしいのだ。  ちふゆはこれまで、性的には淡白なほうだと思っていた。  生理現象としての朝勃ちは経験したことがあるが、自慰はほとんどしたことがなかったし、()まる、という感覚を覚えたこともあまりなかった。  それなのに。  水曜日が近付くと……特に、前日の火曜日になると、ちふゆの体はぽっぽと火照ってしまうのだった。  ちふゆは困惑した。    ただ、ヌきたい、という欲求を覚えるならべつにどうということもないのだが……。    ちふゆの……アソコが疼くのだ。  青藍のせいだ、とちふゆは思う。  青藍が、毎回ちふゆの……後孔を指で弄ってくるから……なんだかそこがきゅんきゅんというか……切ないような、なにかで中をこすってほしいような、おかしな感覚が湧き上がってくるようになってしまった。  けれど、自分の指を挿れる勇気なんてない。  ちふゆは陰茎をこすって手っ取り早く射精しようとしたが、そうすると余計に後ろが疼いて……射精したのに物足りない、という奇妙な現象を味わう羽目になるのだった。  こないだなどは、 「青藍、挿れてぇ」  と、無意識に口走っていた。  ここは自室で……淫花廓の蜂巣(ハチス)ではないというのに。    だからちふゆは困っている。  明日を目前に、体がムラムラしているからだ。  でもここで自慰をしてしまっては、先日の二の舞になる。  ちふゆは男なのに……後ろに、挿れてほしいだなんて……。  それもこれもみんな、青藍のせいだ、と。  ちふゆはここに居ない男の顔を思い浮かべて……絶望的な気分になった。  青藍のことを思い出しただけで、勃起してしまったのだ。 (ちー、可愛い) (ちー、キスしよっか?) (ちー、気持ちイイところ教えて?)  ベッドの上での青藍の、いつもより少しだけ低い声が耳に甦る。  青藍がしつこく舐めたり摘まんだりしてくるせいで、ちふゆの乳首はすぐにしこってしまうようになったし、陰茎はダラダラとすぐに濡れるようになったし、後孔はすぐに疼くようになってしまった。  ちふゆは抱き枕にぎゅっと腕を回し、ベッドにバフっと寝転んだ。    寝てしまえ、と自分に言い聞かせる。  寝てしまえば、体の中心から湧き上がって来る欲求から解放される。  寝ろ、寝ろ。  ちふゆは部屋の灯りを落とし、目を(つむ)った。  けれど、その閉じた瞼の裏に、青藍の人懐っこい笑顔が映り込む。  ちー、とちふゆを呼んで、顔全体で笑う、青藍が。  ちふゆはゴロゴロと無意味に寝返りを打った。  明日の夜になれば青藍に会える。  毎週会っているのに、また来週な、と言って別れた瞬間からもう会いたくなる。    ちふゆが会いたい、と思っているのと同じだけ、青藍も会いたいと思ってくれているのだろうか?  いや、同じだけ、じゃなくてもいい。  青藍はちふゆと会っていないとき、ほんの少しでもちふゆのことを思い出してくれるのだろうか。  それとも、ただの『客』のことなんて、チラとも思い描かないだろうか。  青藍にとって、ちふゆが『客』以上の存在でないことはわかっている。  だって、青藍は最後までしてくれない。  ちふゆに触れてくれるようにはなったけれど、いつも口や指でちふゆをイかせるだけで、青藍のアレを、まだ一度も挿れてくれないのだ。    やはりちふゆは、魅力がないのだろう。  当然だ。ちふゆだって、ちふゆみたいな男に性的な興奮を覚えたりはしない。    青藍はちふゆがなんにも知らないようなお子様だと思っているだろうけど、ちふゆだって学習ぐらいはする。  お尻の孔に初めて指を挿れられたときは驚いてしまったが……あの後、ちふゆは家に帰ってから調べたのだ。  男同士の性交の仕方を。  そのときにたまたま目に入った……いわゆるゲイポルノの映像を、ちふゆは見てしまった。    そこでは、腹筋の割れたマッチョな男性同士がくんずほぐれつ濃厚な絡みを繰り広げていて……念のためにと見た別の映像でも、出演者は皆、体格が良かったのだ。  ちふゆみたいに貧相な体つきの男なんて、ひとりも居なかった。  そうか、ゲイのひとはマッチョが好きなのか、とちふゆは思った。  青藍は女性も抱けるから、ゲイでとは言えないかもしれないが、そうなると今度の比較対象は女性で……。  ちふゆは触ったことがないけれど、女のひとというのはやわらかくて、胸にも豊満な膨らみがあるので、ちふゆみたいに骨ばってなんかいないだろうし、ペタンコな胸も弄ったって楽しくもなんともないだろう。  体だけじゃなくて、ちふゆは性格だってそんなに良くない。  可愛げがないし、第一、ちふゆの性格が良ければ、新しくできた父親とだって上手く接することができたはずだし、両親にひとり置き去りにされたりはしなかったはずだ。  ちふゆに魅力がないから、だから青藍は最後までちふゆを抱かないのだ、と考えると情けない気分になってきて……。  落ち込むだけだからやめよう、とちふゆは頭をブルブルと振った。    ちふゆは悶々としながら、眠気の訪れを待ち続けたのだった。        
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