35円の会話

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35円の会話

887fbf28-fbd3-418e-be78-e9f74dd196da 半年ほど前のこと。 作業を終えて、スマホのメモ帳を書いたり消したりしながら歩いていると、大塚駅の高架線下で男に話しかけられた。 「あのサ、ちょっと道を聞きたいんだけど」 ヨレヨレの長髪で右前歯の欠けた、30代くらいの男。東北弁と思しき訛りが混じった独特な口調。 どこに行きたいんですかと聞いたら、埼玉と答えた。続けて「金を落としちゃって、帰れない。しかも携帯も落として動かない」と、わざわざ85円入った財の中身と、液晶にヒビが入ったガラケーを見せてきた。 「歩いて帰るとすごい距離だし。あと500円あれば帰れるんだけど、助けてくれない」 寸借詐欺か、本当にお金に困っていたのか。 どうあれギターを買ったせいで作業のコーヒー代さえ立ち行かなくなっていた自分。 「お金は貸せないけど、タバコならあげる」と言ってヨレヨレのSHINSEIと火を渡した。 そこからお互い地べたに座って話をした。男はヤケに早口だった。 最近どうかと聞いた。景気が悪いと言っていた。東京オリンピックまでは建築のが儲かると言っていた。でもああいう馬鹿騒ぎ嫌いだから、いっそテロでも起きて仕舞えばいいと言っていた。同意した。 池袋方面に歩いていくカップルを見つめて、どうせインスタ映えを気にしながら歩いてる、あんなのは後ろから轢かれても文句言えないと言っていた。携帯は息がつまると言っていた。ラインは嫌いだと言っていた。自分も最近通知で動悸がすると同意した。 今日は何してたのと聞いた。飲食店の片付けをしてた、でもクビになったと言った。仕事探さなきゃなと言っていた。明日からどうするのと聞いたらもちろん探すと言っていた。ハローワーク? と聞いたら、あそこは年齢がかち合わないか目が死んだ奴が行くところだと言っていた。自分で歩いた方が早いと言っていた。あそこまで落ちたら這い上がれない、オレはまだ諦めてないと言っていた。なるほどと頷いた。 タバコがまた値上がる話をした。バットが二百円代じゃなくなってるのが信じられないと言った。その通りだと頷かれた。次は何を吸うか悩むと言っていた。コテコテしたのは嫌いだと言っていた。気が合うなと思った。 日本はシンドいと話してた。自分もだと言った。どこか行きたいとこはと聞いたら何処でもいいと言った。逆に何処に行きたいかと言われて、インドに行きたいと言った。 今のうちから値上がりする前のタバコを買い占めて、インドで物々交換をして暮らしたい。ガンジス川に携帯もパソコンも投げ捨てたいと夢想を話した。いいじゃんと言われた。じゃあいっそするべきかなと言ったら、いやまだ早いんじゃないと言われた。100万か200万稼いで、ドカンと損しても気にならないくらいになってやったらいいと言われた。大変だねと言ったら、うんうんと頷かれた。 タバコ2本ずつ、ざっと1時間くらい話した。今何時と聞かれて23時と言った。「あーもう終電近いな。どうすっかな、オレぇ」と言われた。ここまで言われて、ここまで話して情が移らないでもなかったので、正直悩んだけど、「ここまで話せるなら大丈夫なんじゃない?」と精一杯答えた。「そっか、そっかね。んじゃ」と手を振って別れた。 結局寸借詐欺だったのか、本当にお金に困ってたのかわからない。大塚駅横の歓楽街をとことこ歩いた。一回3000円のお店のネオンが光ってた。 SHINSEIは20本で350円。二本あげたから35円。なんて破格で奇妙な買い物。 ちなみに2019年現在, SHINSEIは廃盤になっている。
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