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⒈死後
3今回、僕は30歳で自殺した。若くして、筋萎縮性側索硬化症、通称ALSに罹った。ALSは原因不明で、全身の運動神経だけが数年をかけて少しずつ機能不全に陥る難病だ。恐ろしいのは知覚神経は至って正常だということ。身体を一ミリも動かせなくなっても、見えて、聞こえて、考えられる。
発症から三年経った頃、葉加村優一は、身体を指一本動かせなくなった。コミュニケーションは瞬きを機械が読み取り、音声や文字におこすことでなんとかできたが、呼吸困難で病院に運び込まれることが多くなった。ここでALS患者には二つの選択肢が与えられる。そのまま死ぬか、呼吸補助装置を取り付ける生き延びるか。
生きるのが怖かった。いつかは瞼すらも動かせなくなる。コミュニケーションを失い、この世で一番狭くて透明なところに閉じ込められてしまう。死にたくても自分では死ねない。殺してくれと頼むこともできない。それがたまらなくて、そのまま死ぬことを選んだ。
死ぬと真っ暗じゃなくて真っ白になる。目の前に帽子を被った小太りの中年男が現れた。
「三十年と三十四日四時間十六分三十二秒の長旅ご苦労様でした。」
ああ、と僕は全てを思い出した。
「ありがとう。」
「早速で申し訳無いのですが、今回の名前で良いので、こちらにサインをいただけますか。」
名前が多すぎて迷ったが、なんとか葉加村優一でサインした。
「ありがとうございます。どのようなお姿になさいますか。」
面倒だったのでこのままでお願いした。
「かしこまりました。それでは失礼致します。」
男はパッと消えて、僕は自宅に飛ばされた。見慣れたワンルーム七畳の簡素な部屋だ。
生き物は輪廻転成を繰り返している。死んだらもう終わりというのはちょっとした嘘だ。輪廻転生が娑婆で広く認知されていないのには、理由がある。昔、どっかの馬鹿が娑婆に彼岸の記憶を持ち出したことがあった。そいつは真実を、輪廻転生を世界中に広めようとした。役所は、娑婆の生死に関わってはいけないため、当初は静観するしかなかったが、何事にも限界はくる。死ぬことへの抵抗が薄れた人で役所はパンク。大問題になった。さすがの役所も重い腰をあげ、役員が娑婆に降りていった。役員は「化学 」の技術を押し上げ、輪廻転生と対立する思想を広めた。めでたしめでたし。
彼岸に戻ると役所から、すぐさま今回の人生をまとめたレポートの提出を課せられる。提出、審査が終わると、生まれ変わる義務が与えられ娑婆に生まれ直す。レポートの良し悪しで次の人生の質が決まるため、僕は慎重にレポートを書き進める。
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