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鉱物の王
小さい頃、使用人の目を盗んでよく館の庭の隅で小石を拾って遊んでいた。
その小石をお父様やお母様に見つかる度に叱られていたのだけれども、私は石に対する興味を捨てられず、何度もそんな事をしていた。
ある日のこと、いつものように庭に植え込まれた何本もの木の根元、館の中からはひと目では見つけることが出来ない場所で、いつものように小石を拾うことに夢中になっていた。
両手いっぱいに一体何なのかわからない小石を握って満足していると、突然声が掛かった。
「君は、石が好きなのかい?」
その声は聞き覚えのないもので、使用人とも違うその口ぶりに驚いて振り向く。すると、そこには黄色い外套を羽織り、すっぽりとフードを被った見慣れない男の人が立っていた。
見慣れないはずなのに、何故かこわいとは思わなかった。私は両手の小石を見てから、うん。と言って頷いた。
するとその黄色い人は、フードの下から嬉しそうな笑みと優しい視線を覗かせてこう言った。
「それなら、いい物を見せてあげよう」
何を見せてくれるのだろうと思っていると、彼は外套の中から両手を出して、てのひらを握ったり開いたりする。その度に、色鮮やかで透き通った、きっと宝石と呼ばれるのであろうという石が次々に現れた。
私が出てきた石に見入っていると、彼はくすくすと笑って目の前に石を差し出して私に言う。
「好きな物をひとつあげるよ」
まだ幼かった私には、宝石の価値など何もわからなかった。だからだろう、純粋に、自分が好きだと思える石を素直に選べたのだと思う。紅茶色と白が縞模様を描く、ごつごつとした石を手に取って、彼を見上げた。
「それが欲しいんだね。いいよ」
にこにこと笑う彼にお礼を言って喜んでいると、彼が遠慮がちにこう訊ねてきた。
「ねぇ、私の友達になってくれるかい?」
その問いに私は迷わずに答える。
「もちろん!」
この時、何故初めて会った彼の友達になるとすぐに答えてしまったのか。きれいな石をくれたからなのか、それとも、彼から石の話を沢山聞けると思ったからなのか、それはもう今はわからない。
貰った石を眺めながら、彼と少し話をした。やはり彼は石について詳しくて、庭で拾った小石についての話も詳細に、わかりやすく話してくれた。
そうしている内に私を探す使用人の声が聞こえた。彼も使用人に見つかるわけにはいかないと思ったのだろう、そろそろ帰らないと。とそう言った。
歩き出そうとした彼を引き留めて咄嗟に訊ねる。
「あなた、おなまえは?」
私の言葉に、彼はにこりと笑って名乗る。
「私の名はハスタイワノカミ」
「ハスタ……?」
聞き慣れない、覚えにくい名前に戸惑っていると、彼は私の頭を撫でてこう続けた。
「難しいのなら、ハスタでいいよ」
言われたとおりに繰り返して、でもなんとなく収まりが悪くて、彼をこう呼ぶことにした。
「ハスターって呼んでいい?」
彼は優しくこう返す。
「勿論だとも。
ただ、私の話はあまり他の人にはしてはいけないよ」
「うん、わかった」
どこの誰とも知らないハスターのことをお父様やお母様に話して、彼が嫌な目にあってしまうのは私としても避けたかった。
頷いたハスターは手を振ってから使用人とは反対方向に歩き出し、木の陰に姿を消してしまった。
その後使用人に連れられて屋敷に戻ったのだけれども、それ以降、何度あの場所にいっても、何年経ってもハスターの姿を見ることは無かった。
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