鉱物の王

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 ハスターと出会ってから十数年、私は家督を継いでこの領の財務を担当することになった。  忙しい毎日の中で時折思い出す彼のこと。今思うと、あの時見たのは幻で、ハスターなどと言う人物はいなかったのではないかと思うこともある。けれども机の引き出しには、あの日確かにハスターから貰った紅茶色の石が、今だ大事にしまわれているのだ。  仕事が一区切り付いた所ですこし身体を伸ばそうと、いつも通り館の庭をぼんやりと歩く。こうしている時はなるべくひとりでいたいのでいつも人払いをしているのだけれど、それなのに突然声を掛けられた。 「こんにちは」  驚いて振り向くと、そこには以前会ったときと何ら変わるところの無いハスターが立っていた。  いや、あの時からもう十年以上経っているのだ。なにも変わっていないはずがない。けれども彼は、見れば見るほど記憶の中に有る姿と重なった。 「ハスター……なの?」  恐る恐るそう訊ねると、彼は嬉しそうに笑ってこう答えた。 「ああ、そうだよ。 君は、少し会わない間に随分と立派になったねぇ。こんなに大きくなって」  その言葉に、つい笑ってしまう。少し会わない間だなんて、会わないでいた時間は少しどころが、随分と長いものなのに。 「あなたと会わないでいるうちに、私はすっかり偉くなったのよ」  笑いながらそう言うと、ハスターは興味津々といった様子でこう訊ねてきた。 「偉くなったのかい? 今は何をしているのかな? もしかして、この国の王とか?」  ハスターのあまりにも世間知らずな物言いに、つい吹きだしてしまう。私が王様になんてなれるはずないのに。  少し落ち着いてから、涙を拭ってこう答える。 「私は今、この領の財務をやってるのよ。 不正なんて絶対許さないんだから」 「財務? ということは、お金を扱っているんだね?」 「そうそう。たまに財政が苦しくなることはあるのが悩みの種だけど」  それを聞いたハスターは、昔会ったときと同じように、外套の中から両手を出して、その手の平の上に黄金を現した。 「もしお金が足りなくなったら、私を呼んでおくれ。黄金や宝石でよければ、いくらでもあげるよ」  それを聞いて私の顔が強張る。ハスターのしていることは好意だというのはわかるのだけれど。でも、それはいけないことなのだ。 「それはだめ」  ハスターの手を押し返してそう言うと、彼は不思議そうな顔をする。 「突然ね、どこからともなく市場に黄金や宝石が大量に現れて通貨が増えると、経済が狂ってしまうのよ。 そうなったらこの領だけでなく、この国自体が滅んでしまう。 だから、気持ちはありがたいけど、それはしまっておいて」 「う~ん、そうなのかい? それなら仕方ないね」  しょんぼりした顔で手を外套の中に引っ込めるハスターを見て、そういえば彼は一体何者なのだろうという、今まで気にも留めていなかったことが気になった。  こんな風に何も無いところから石を出したりする位なのだから、奇術師なのだろうとずっと思っていたのだけれども。  しかし、今彼が出した黄金は、見た限り本物で、それをいくらでもと言ったのだ。もしかしたら名のある貴族か商人なのかも知れない。 「どうしたんだい?」  ハスターが不思議そうな顔で私を覗き込む。はっとして、私はこう訊ねた。 「あの、あなたは一体何者なの?」  私の言葉に、ハスターはきょとんとしてから少し考える素振りを見せて、それからこう答えた。 「私は、鉱物を司る者だよ」  一体どう言う事なのだろう。少し考えて思い当たることを見つける。もしかしたら彼は、賢者の石を作りだしたのかも知れない。それならば、以前会ったときと風貌が全く変わっていないことも、どこからともなく黄金を取り出すことも可能だろう。  本当に賢者の石を作り出せているのなら、その作り方を知るのは国益になる。そう思った私はハスターに賢者の石の作り方を訊ねた。  するとハスターは、困った顔をしておろおろするばかり。そしてこう言った。 「賢者の石の作り方は、答えられないよ」  何故? 彼は賢者の石がもたらす恩恵を独り占めするつもりなのだろうか。思わず苛立っていると、私を呼ぶ使用人の声が聞こえた。 「ああ、そろそろ帰らないと。 また会おうね」  おっとりとそう言ったハスターは、以前と同じように使用人とは反対方向に歩いて行き、木陰に身を消した。  それからまたしばらくして、やはりまたハスターは姿を見せなかった。  あの時、私が苛立っていたのを察して距離を取ったのだろうか。だとしたら、あの時の私の態度は失敗だった。  あの日から賢者の石を手に入れたいという、その思いだけが募っていた。ハスターはまた私に会いに来てくれるだろうか。そうしたらもう一度、賢者の石を……
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