5376人が本棚に入れています
本棚に追加
/561ページ
「ホント、課長のことをよく知ってるのね」
隣の部屋で、ドンッと壁を叩く音がした。真か亮が足でもぶつけたのだろう。二人の眠る二段ベッドは私の部屋の壁側。
『そうやって素直に言われると、妬かれるのも悪くないな』
「妬いてないから。事実を言っただけでしょ? 課長も智也の過去をよくご存じのようだったけど?」
『……なにを聞いたんだよ』
教えてなんかやらない。
事実とはいえ、私ばかりが妬いて、智也に依存していると思われるのは癪だ。
「さ、そろそろ寝よ」
『彩』
「明日から、荻野さんと外回りなの。あ、荻野さんて函館支社から来た子ね」
『あーや』
私にゴマすりする時、智也はこうして私を呼ぶ。わかっているのに、こう呼ばれると、ついつい甘い顔をしてしまう。惚れた弱みだ。
「おやすみ」
『ちゃんと言えよ』
「もうっ! しつこ――」
『思ってること、ちゃんと言え』
諭すような落ち着いた声の中に、願うような切なさと、少しの苛立ちを感じた。
表情が見えないのがもどかしい。
声だけじゃ、全ては測れない。
智也が寂しそうなのか、怒っているのか、わからない。
こんな時、触れ合えないことが、辛かった。
最初のコメントを投稿しよう!