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ジョウはスカイダイビングのインストラクターで、マリイはその生徒である。
ご存知、スカイダイビングは、セスナなどの航空機で上空へ昇り、パラシュートと共に地上へとダイブするアクティビティである。
パラシュートの語源は、イタリア語で「守る」を意味するparareと、フランス語で「落ちる」を意味するchuteを組み合わせた造語だという。
和名は「落下傘」である。
落下“傘”とはよく言ったもので、規定高度まで達してパラシュートを開いた時に空気の抵抗を受けて下降速度を落とす様は遠目にはふわふわと傘が降りているように見える。タンポポの綿毛が舞い降りる様も、落下傘などと比喩されることもある。
上空3800mまでセスナが到達すると、他の生徒やインストラクターがそれぞれ準備をし始めた。
中にはごねたり大騒ぎする人もいたが、リタイアする人も泣き出す人もなく、予定通りに下降していく。
ジョウとマリイは一番最後だった。
自分たちより前の順番のペアがダイブしていく中、ジョウとマリイも準備を進める。
体育座りをしたマリイを、ジョウが後ろから足を開いて挟み込むような体勢になる。
ジョウは、マリイと体を固定した。
ある大きな決意と共に、マリイと自分の体をしっかりと固めたのである。
「飛び降りてからハーネス(※安全ベルト)をしっかりと掴んでくださいね。降りた瞬間は顎を突き出して、エビぞりの姿勢になってください」
ここまではダイブ前のマニュアルだが、マリイは経験者だからか、他の生徒と違って怖がったり取り乱したりするような素振りは見せない。
「はい」と返事を投げかけ、落ち着き払っている。
「あなたのタイミングで飛んでください」
マリイはそれに返事をしなかったが、すっと体を伸ばし、まるで息を吸い込んで助走をつけるような気配が感じ取れた。
「レディ! セット! ゴー!」
この掛け声は、必ず生徒に言わせるようにしている掛け声である。マリイは掛け声と共にすぐにダイブした。
鋭い風と風圧が二人を襲う。
ジョウはその風圧にも負けないほどの強い精神で、この人を絶対に離すまいと心に誓った。
やはり、この人は勇気がある。そして美しい。
この人を絶対に、離さない。
息さえも苦しい。
永遠すら感じる上空世界の中で、ジョウはマリイと精神を分かち合おうとした。
喜び、悲しみ、怒り、孤独……。そして空虚な心でさえも。
ジョウとマリイは、この世界で二人きりだった。
ああ、やはり、やはり、この人は美しい。
今この場で言わずして、いつ言えるというのか。
ジョウはマリイの顔の横に唇を寄せ、自身の顔の角度を変えて風圧を遮りながら、こう告げた。
「マリイさん。ボクと結婚してください。結婚してくれなきゃ、ボクはパラシュートを開かない」
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