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神埜十五歳
「――もう大丈夫よ。怖い鬼は追い払ったから」
降りしきる雨の中、大泣きしながら立ち尽くす幼い神埜に、そっと和傘を差し出してくれたその人は。
彼女にとって、憧れの人となった。
***
神埜にとって、神峰は憧れの先輩であり、姉のような存在だった。
清楚、優雅、美人、才色兼備の大和撫子、これらの言葉がぴったり当てはまる人間を、神埜は神峰以外に知らない。
そして、番傘を手に鬼と対峙する神峰は、女性でありながらも【鬼纏い】修得者六名の中で二、三番を争う程に強い。
同じ班員である多神と神崎が、よく神峰に手合わせを申し込みにくるくらいで。
「姐さんっ! 俺の相手して!」
「ふふふ、たっちゃん? 姐さんはやめてちょうだい、っていつも言ってるわよね」
にこにこと笑顔で多神の頬を両手で挟んでつぶす神峰に、神崎も声を上げる。
「神峰さん! 俺とも遊んで!」
「今から、神埜ちゃんの髪を編むからダーメ。神堂くんなら、相手してくれるんじゃないかしら?」
班の中で最年長である神堂は、神峰と同じくらい強い退鬼師である。
「しんちゃん、今こうちゃんとガチ勝負してるから、相手してくれないんだよ~!」
「あらあら、それは長引きそうね」
一番強かったのは班長である神月で、彼と神峰が恋仲であることを神埜は知っている。
仕方ないから二人でもう一度勝負するか、と去って行った多神と神崎を見送って、神峰は神埜の髪に櫛を入れ始める。
「神埜ちゃんも、髪を伸ばしたらかわいいのに」
「いえ……私は、神峰先輩みたいに美人じゃないし……」
伸ばしたところで手入れの仕方とかわからないし、と小さく呟く神埜の短い髪を、神峰は優しく櫛でとかしてくれた。
「あらあら。神埜ちゃん、そういうことは早く言ってくれないと」
私が教えてあげるわ、と嬉しそうに言う神峰は、暇さえあれば、こうしてよく神埜の髪を編み込んでくれたりした。
「神峰先輩の簪、かわいいですね」
「ふふっ、ありがとう。お気に入りなの」
それは、神月が身に着けている六花の耳飾りと、お揃いの六花の簪で。
神峰はいつも、神月から贈られたその六花の簪を髪に挿していた。
神埜にとって、神峰と過ごした時間はとても大切な一時だった。
***
そして悲劇は唐突に訪れる。
それは現在からおよそ五年前に起こった出来事。
重要任務中、退鬼師組織『鬼破』が人型の鬼と相対した、最初の出来事である。
その結末は、先遣隊の全滅。
追って派遣された精鋭部隊『鬼纏い』六名の内、帰還したのは二名。
内一名重傷、一名氷漬けの生死不明、残り四名は、行方および生死不明。
人型の鬼の討伐は果たされず、鬼を閉じ込めている帝都の結界の強化にのみ成功する。
***
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