最終章 真夏の恋はヨコスカで

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♪  しばらく過ぎた平日の夜の横須賀。  相変わらず横須賀中央駅前の街は閑散としている。10分に一度、都心からやって来る優等列車が到着するたびに、かなりの人達が赤い電車から降り立つものの。  誰もが皆、そのまま家路へと向かって拡散してしまうために、やはり繁華街は人影が少なくて寂しい。という印象は拭えない。  『harbor view』はライブの予定がないため、今宵はバー営業。店長とバーテンダーが、カウンターの向こうに立っている。  ステージの前にあるテーブル席に向かい合うのは、誠治と光。予備校での講義を終えた龍一も、まもなく合流できるそうだ。  薄暗い店内で、光の向かい側に座っている誠治が五線紙を眺めている。光が『電気男(エレクトリック・マン)』時代に書き、日の目を浴びることのなかった曲である。  鼻歌交じりに「う~ん」と唸り声を上げたり、「へぇ~」と()け反りながら感心したり。表情豊かに光の手による楽譜に見入る誠治。  やがて店の重たげなドアが開き、スーツ姿の龍一が姿を現す。それに気付いた光が「こっちこっち」と手を振る。  龍一はカウンター越しのマスターに「生ビール!」と言ってから歩み寄り、そして誠治の隣に腰を下ろす。 「それ、前に言ってたヒカリの曲?」 「ああ。いいじゃん、すごく。俺達のサウンドにも合ってるはずだよ。すぐにみんなで楽譜(スコア)を共有して編曲(アレンジ)始めようよ」 「どれどれ。見せて見せて」  無邪気な表情で誠治から五線紙を奪い取る龍一。(はた)から見たら乱暴な行為に映るかもしれないが。幼馴染である2人の間では、これも当たり前の行動なのかも知れない。 「うん。い~ね~、特にこのバラード。『藤沢のダディ』に早く聴かせてあげたいよ」  『藤沢のダディ』とは、誠治にバラードを歌え!と言った、人気バンドのメンバーのことである。 「本当にいいの?ヒカリ」  誠治が改めて光を正面に見る。 「いいも何も。『電気男(エレクトリック・マン)』はもう四半世紀も前の過去のバンドなんだし。それに当時のメンバーの許可も取っている。  これは俺の詞曲による、未発表曲だ。いつ、どんな場所で日の目に出しても、なんの問題もない」  向かい側に座る誠治と龍一の表情がパッと明るくなる。やがて顎に手を置いた誠治が不敵な笑みを浮かべる。 「これで『ひまわり』も新章突入だな──」
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