Episodio undici Profumo di te

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「内容は。お前は読んだのか?」  目線をそちらに向け、ランベルトは言った。 「ええ」  穏やかな口調でアノニモは言った。 「死んで間もない頃に」  無言でランベルトは見詰めた。  生きている人間と見分けが付かない姿で現れているので、アノニモが霊なのだということを時折忘れる。  自身の死を体験している人間なのだと思い出すたび、どう対応していいのか分からなくなる時があった。 「間もない頃とは。やはりお前は、生前コンティと関係していた者なのか」 「何回聞いているんです」  アノニモは肩を竦めた。 「いや、そもそもそれが解決していない」  アノニモは顔を背けるように横を向いた。 「兄上様を嫌っていたりするから解決しないんです」 「何の関係が」  ランベルトは眉を寄せた。 「どうにもお前は、私が兄を嫌っていたことにしたいらしいな。兄にも怨みか何かあるのか?」  身体を横向きにし、ランベルトは真っ直ぐにアノニモを見た。  逆光でアノニモの表情は分かりにくかった。  ふとランベルトは思い当たり言った。 「兄を、生前知っていたのか……?」  アノニモは黙ってこちらを見ていた。  暫くしてゆっくりと口に拳を当てると、吹き出した。  そのまま激しく肩を揺らし笑う。 「なっ、何だ」 「いや……」  笑いが止まらないようだった。 「何なんだ、お前は」  含み笑いをする姿を暫く眺めているうち、ランベルトは軽く目眩を感じた。  逆光の姿をじっと見ていたせいなのか、それとも残った毒が回ってきたのか。  様子の変化に気付いたのか、アノニモは笑いを止めた。  美女の方を見て(あご)をしゃくる。 「いや……いい」  ランベルトは言った。 「いいではないです」  アノニモはつかつかと寝台に近付いた。 「いや、彼女にも好き嫌いというものがあるだろうし」 「ただの治療行為です。何を考えているんです」  アノニモは再度美女に目で指示した。  美女が頷き、ランベルトの頬に細い手を当てる。 「いや」  手の平を向け、ランベルトは断ろうとした。  アノニモは寝台に身を乗り出すと、両腕でランベルトの首と頭をがっちりと固定した。 「やれ」  そう美女に言った。 「おいっ!」  ゆっくりと唇が押し当てられた。   苦い気のようなものが、体内から美女の唇の方に移動する感覚があった。  確かに甘い接吻というのとは感覚が違うが、薄目を開けると綺麗で柔らかな頬が間近にあるのだ。  少々照れる。そう思った。 「ランベルト」  扉をノックする音がした。  フランチェスカの声だった。  口付けされながら、ランベルトは目を見開いた。 「ランベルト、着替えを持って来たのだけれど」 「どうぞ」  アノニモは言った。  ランベルトは口を捕らえられたまま、呻いて首を横に振った。  アノニモにヘッドロックを掛けられたままなので、その首すらあまり動かないのだが。 「別にいいではありませんか。恋人が会いに来たとでも言えば」  更に呻いてランベルトは首を振った。  夜遅くに駆け込んで泊めて貰った家に、早速恋人を呼びつけるなど、婦人が見たら嫌悪するではないか。そう目で訴えた。 「別に恋人がいると思われてもいいでしょう」  アノニモは言った。  やや声のトーンを下げて続けた。 「それとも何ですか? フランチェスカ殿にそう思われては、嫌な理由でも?」  何故そこで怖い声色になるのだ。ランベルトは困惑して仮面の顔を見詰めた。
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