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「ヒナ先輩、調子、悪いっすね~」
後輩の拓海が、めずらしいものを見たとばかりに話しかけてきた。「受験生ってやっぱり大変なんや」と、わざとらしく自分の肩を抱いて、怯えるフリをする。
「ふざけてないで、基礎練してきなさい」
ピシャリと言えば、彼は悪戯っぽく舌を出す。そして、「グラウンド走ってきまーす」と軽快な足取りで、弓道場をあとにした。
「ずいぶんと仲がええんやな」
だれもいなくなったと思っていた弓道場に、冷え冷えとした男の声が響いた。驚いた日向子が振り向けば、婉然と笑う圭太。
「……2年の三井拓海やったっけ、さっきのヤツ」
──目が、笑っていない。
口元は笑みのかたちだが、その声色も眼差しも背筋が凍るような冷たさを帯びている。
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