今を生きた男のブルース

13/17
43人が本棚に入れています
本棚に追加
/17ページ
孤児院の裏手の丘陵に明美と来ていた。 碁盤目状に整地された緑の中、数百と並ぶ白石の一つに膝を折り、明美は祈りを捧げている。 ミシシッピ川に照り返す陽光が、石碑に刻まれた文字と、瞳を閉じた明美の横顔で遊んでいた。 <玲子(れいこ)Grace(グレース)・ポートマン> もっとも美しいものは常に過去形で語られる。 気がつくと明美は瞳を開いてた。 「さっきのサックス吹きがトムだと知っていたんだな」 俺は隣で立ったまま聞いた。 「ええ、わたしがお店を紹介したの。だって彼、演奏とても上手でしょう? それに悪い人でもなさそうだし」 「あいつの宿は知らないのか?」 「それは本当に知らないの。本当の名前も知らないわ。気がつくとここに来て子供たちに演奏しているのよ」 明美の声は明るかった。 彼女はトムが父親だと知らなかった。だから俺は話さなかった。こういう話は時と場合が必要だからだ。 俺は必要なことを聞いた。 「明美、近藤真也という日本人を知っているか?」 「あなたの探している人?」 ああ、そうだよ。と答えると明美の手が嬉しそうに動いて、俺の腕を掴んだ。 「今夜、一杯()る? その人お店に一昨日来たわ!」 俺の脳内で電気的誤信号(グリッチ)がけたたましく警報を鳴らした。
/17ページ

最初のコメントを投稿しよう!