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孤児院の裏手の丘陵に明美と来ていた。
碁盤目状に整地された緑の中、数百と並ぶ白石の一つに膝を折り、明美は祈りを捧げている。
ミシシッピ川に照り返す陽光が、石碑に刻まれた文字と、瞳を閉じた明美の横顔で遊んでいた。
<玲子・Grace・ポートマン>
もっとも美しいものは常に過去形で語られる。
気がつくと明美は瞳を開いてた。
「さっきのサックス吹きがトムだと知っていたんだな」
俺は隣で立ったまま聞いた。
「ええ、わたしがお店を紹介したの。だって彼、演奏とても上手でしょう? それに悪い人でもなさそうだし」
「あいつの宿は知らないのか?」
「それは本当に知らないの。本当の名前も知らないわ。気がつくとここに来て子供たちに演奏しているのよ」
明美の声は明るかった。
彼女はトムが父親だと知らなかった。だから俺は話さなかった。こういう話は時と場合が必要だからだ。
俺は必要なことを聞いた。
「明美、近藤真也という日本人を知っているか?」
「あなたの探している人?」
ああ、そうだよ。と答えると明美の手が嬉しそうに動いて、俺の腕を掴んだ。
「今夜、一杯飲る? その人お店に一昨日来たわ!」
俺の脳内で電気的誤信号がけたたましく警報を鳴らした。
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