今を生きた男のブルース

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夕暮れが近くなった。 多分そうだ。時間にしたら五時ごろか? いずれ灯るネオン管に観光客が群れ始めたからだ。 ビールストリートに来ていた。 俺は歩き続けた。 通りに溢れ始めたよそ者を其々(それぞれ)コンマ二秒、凝視する。視線を離す。凝視する。離す。 繰り返していた。 五秒のカウントダウンで開いた絵本の特定人物(ウォーリー)を探し当てるというガキの頃の遊びに似ていた。 あいつを初めて見かけた時、この道でゴミを漁っていた。だから、この近辺にいる可能性が高いだろう。 俺は歩き続ける。 喧騒が陰鬱にのしかかる。歩き続ける。喧騒が高層タワー十基分ほどの圧力でのしかかる。歩き続ける。 通りの外れに着くと強烈な腐敗臭が漂ってきた。裏路地のゴミが散乱しているからだ。仏教徒が(えが)く砂絵の曼荼羅(まんだら)を無造作に崩したような混沌(カオス)がそこには広がっている。 くそっ、また振り出しだ。俺は歩き続けようとした。 カランッと乾いた音が鳴り、ほの暗い右の通りにスチール製のゴミ箱が転がった。 その混沌とした暗がりの先に見知った顎なし(ヨセフ)は立っていた。 見つけた! 通りに向かい一歩足を踏み出しそうとした。できなかった。 十数メートル先のヨセフと向き合う恰好で、こちらに背を向けた東洋人もいたからだ。右手にはここからでもわかるご大層なアーミーナイフをさげていた。 こいつが近藤真也か? 心臓が爆発的に脈付き始める。脳内シナプスに火花が散り、最悪な状況を瞬時にたたき出した。 しかし、二人は俺に気づいていない。 一歩踏み出した。 同時にこちらを向いているヨセフが東洋人から一歩退いた。ちくしょう! 時間がない。 どうやら覚悟を決めるしかなさそうだ。 と、言語化できたのは、二、三歩地面を蹴った後だった。
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