今を生きた男のブルース

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テネシー州・メンフィス。 三年前、俺はある男の依頼で一ヶ月間その街で暮らした。パイプベッド、テレビ、缶ビールを十缶入れたら扉が閉まらなくなる冷蔵庫。家具といえるものはそれだけだ。白で統一された壁、天井、シーリングファン。要するに安宿だ。 気に入った事といえば宿の一階にある、道路にテーブルだけをせり出した食堂で、アフリカ系アメリカ人の女が作る、カリッカリに焼いたベーコンエッグ。 カリカリを歯に詰まらせながらビールストリートを歩いていた時だった。 そいつは通りの隅にいた。 五年間おなじ服を洗わないで着ている(てい)の、垢蒸した男だった。ベコベコになったスチール製のゴミ箱の中に頭を突っ込んで残飯を漁っていた。そいつがすれ違い間際、バランスを崩してこっちへ転がり込んできた。 「にいちゃんすまねえなぁ」 その男の()えた匂いと生ゴミの腐敗臭に、朝からげんなりして思わずため息が出た。 「わかったから、こっちの事は気にするな」 そう言って距離を取りその場を離れようとした時、そいつが抱えている取っ手のついた小綺麗な箱が目に入った。 男が箱を大事そうに抱えて残飯を漁っているのが印象に残った。
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